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鈴屋さんと大英雄っ!〈16〉

おまたせしました、英雄編の16話です。

もう少しだけ続きます。


「いっくにゃぁぁぁぁぁっ!」

 シメオネが変則的に細かくステップを刻みながら、一気に間合いを詰める。

 いつ見ても惚れ惚れする足捌きだ。こればかりは、俺もいまだに習得できていない。

 もしかしたら、シメオネの固有スキルなのではとさえ思ってしまう。

 一方のダライアスは痛みで苦しみ、なにも考えずに暴れているだけだった。ただそれだけでも建物が崩れ、人が吹き飛んでいる。

 飛び散る瓦礫も驚異となるが、シメオネに向かってくるものに関しては、ラスターがサーベルで軌道をそらすように受け流していた。その技術は、剣士としても相当高レベルなものである。

 俺はハチ子に後ろから抱きしめられ、ゆっくりと降下しながら、事の顛末を見届けていた。


 ドブ侯爵にバリスタを用意してもらい、ドワーフの軍勢が海竜を引き上げ、冒険者たちと窮鼠の傭兵団があいつの体力を削りに削り、俺とハチ子で結界を破壊した。

 そして今こそ、この作戦の要ともいえる一撃が放たれる。

 それは超高度な長文詠唱魔法と同等の破壊力と言える、個が極めた究極の鉄槌だ。


 その小さな体の中に、溜めに溜めた気を----


 練りに練った気を----


 気闘法の天才であり、格闘センスの塊であるシメオネがいま放つ----


「奥義----」

 ズシャァァァァァッと足を大きく広げ、右の掌をダライアスの胴体にそっとあてる。

「爆殺ッ空波掌ッ!!!!」

 ズドンッ!と、シメオネの足元が砂塵を巻き上げながら爆発し、ダライアスの巨躯へと力の激流が迸る。そのでたらめな気の荒波は、津波と化して全身へ駆けめぐり、その体内で激しくぶつかり合う。

 見た感じ、防具無視の鎧破壊技『破鎧功』の超強烈なバージョンだろう。

 普通の人間なら、一瞬で内側から弾け飛んでいるはずだ。

 そんなでたらめな技があるなら、戦闘において最強ではないかと言われそうだが、通常の戦闘で、あれほど長い時間をかけて練気をしている余裕はないだろうし、そもそもあそこまで気を練り続けると自身の内部で暴走する危険性がある。

 まさにこの一撃は総力戦の賜物、みなの御膳立が築き上げた『究極の鉄槌』だ。

 そしてその破壊力は、絶大だった。 

 この場にいる者全てが見守る中、ダライアスは大きく体を震わせて、その太い胴体の内側から派手に弾け飛んだのだ。




 ふわふわと落下し地上に到達すると、俺はそのままハチ子に身を預けるようにして倒れこんでしまった。

 ハチ子は俺の頭と体を抱きかかえるようにして、ぺたんと両膝を揃えて座る。

 でっかい赤ん坊状態だ。

「アーク殿?」

 ハチ子がぎゅぅと頭を引き寄せて、心配そうに覗き込んでくる。

 その抱きかかえ方だと、位置的にはちょうど俺の左頬に……

「は、ハチ子さん、胸、胸……」

 と、バカ正直に忠告をするのだが、ハチ子はなぜか顔面蒼白だ。

「アーク殿、血が……」

 そこでようやく、脇腹に走る痛みが蘇ってきた。

 そうだ、あいつの高圧ブレスで腹に穴があいているんだった。

 ハチ子が傷口を押さえながら、助けを求めるようとキョロキョロと頭を振る。

「大丈夫だから、ハチ子さん」

「何を言ってるんですか、何を言ってるんですかっ!」

 うっすらと涙すら浮かべるハチ子の表情は、真剣そのものだ。

「いや、ほっぺたにハチ子さんの胸が当たっておりまして、今はそっちに全神経がいってるから全然痛くない、というか……」

「本当に何を言ってるんですか!」

「……そんな、顔を真赤にしながら嗜められると、可愛くてたまらないんだけど……」

「馬鹿なんですか!」

 俺的には一級品の減らず口を叩き出したつもりなのだが、どうにも通用しないらしい。

 実のところ結構なダメージらしく、足に全く力が入らない。ピストルで撃たれたらこんな感じなのだろうかと、ぼんやりと考えてしまうほどだ。

「やったねぇ、あーちゃん〜」

 フラフラとした足取りで獣化を解いたアルフィーが近づいてくる。その両腕は大きく腫れ上がっており、彼女もまた満身創痍だと見て取れた。

 それでもあんな笑顔を見せられるのは、彼女が生粋の戦士であるという証そのものだろう。

「アルフィー! アーク殿を……アーク殿を!」

「あぁ、わかってるん〜。でも、あたしも自分を回復できないくらいのとこまできてるんよ。うちの部隊で余力のある娘を探してもらってるから、ちょっと待ってて〜」

 アルフィーはそう言いながら横に座ると、ゆっくりとした動きでハチ子の肩に頭を寄せた。

「……え……っと?」

「疲れたんよ、ちょっと休ませて、ハッチィ……」

 あからさまに戸惑うハチ子が面白い。

 俺を抱きしめながらアルフィーに体を預けられて、これはいったいどういう状況だと思っているのだろう。

「あーちゃん、ボロボロだねぇ〜」

「カカカ……でもこれで、あの“英雄様”の出番はなくなったぜ?」

「んふぅ、ざまぁみろだねぇ〜」

「あぁ。がんばったな、アルフィー……」

 白毛の戦士が、少しだけはにかんで見せた。

 あれだけ屈辱を受けたんだ。心の底から「ざまぁみろ」と叫んでいいだろうよ。

「アーク殿……」

「……ハチ子さんは、いつまで深刻そうな顔してるんだよ」

 しかし彼女は黙ったまま俺の眼帯に手をかけると、慎重に取り外そうとした。

 血で張り付いてた眼帯が、ペリペリと音を鳴らしながら肌から離れていく。

「……どうした?」

 ハチ子は言葉で答える代わりに、綺麗な蝶の刺繍が入った布を取り出して俺の顔を拭い始めた。

「…………冷や汗が……すごいんです……」

 そう言って、左手で俺の胸に眼帯を押し当てる。

 俺がそれを受け取ると、今度は両手を使って丁寧に汗を拭う。

 その指先は、僅かに震えているようだった。

「大丈夫さ、神官さえ来れば……」

「まぁねぇ、なんせあーちゃんは腹に穴あいてるかんねぇ。いいヤラれっぷりよ……ププッ」

「笑い事ではっ……」

「男を上げたねって言ってるん。大丈夫、神官なら治せるくらいの傷なん。まぁ、ほっといたら死ぬけどね」

 さらりと物騒なことを言う女だ、と心の中で突っ込んでおく。

 しかし神官という存在はファンタジー様様だ。大体の傷は奇跡の力で完全回復だからな。

「……そう言えば、シメオネは?」

「あのとんでもない一撃を放ったあと気絶してしまったようで、目つきの悪い兄に運ばれていきましたよ」

「そうか。あれほどの練気だしな。撃った本人にも、気がフィードバックしてしまうのかもしれないな」

「……あんな攻撃、あたしにも防げないかんね」

 てっきり「たぎるねぇ」とか言いそうなものだが、さすがのアルフィーもあれをパリィするの無理なのか。

 黒竜も倒したし、シメオネはそのうち『 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』の称号でも手に入れてしまいそうだな。

「……アーク殿……あの男が…………」

 ハチ子が耳元に唇を寄せて、声を潜める。

 促される方向に視線だけを移してみると、そこには派手な鎧に身を包んだ騎士団が大きな盾を構えて、倒れた海竜に近づいていた。

 今さら何をするつもりなのか、樽爆弾をつんだ荷馬車までも連れている。

「……あいつ、なにするつもりなん?」

「カカカ……まさか死骸に攻撃して、手柄の総取りでもするつもりか?」

 自分で言ってて笑ってしまう。いや、ある意味大したやつだ。

「……厚顔無恥も甚だしい……アーク殿、あの男を斬ってもいいですか?」

「ばーか、好きにやらせとけ。時に民衆には、英雄という存在が必要だったりするものさ。たとえそれが偽物でも、な。その証がこの街の復興に役立つなら、それでいいだろ」

「……しかしそれではあまりにも……」

 ハチ子が唇を噛みしめる。おそらくは討伐に参加した者全員が、ハチ子と同じ気持ちになるだろう。

 ……だがまぁ、あの羽振りのいい騎士英雄様のことだ。十分な報奨を以て、その異議に応えてくれるはずだ。

「俺たちに……ラット・シーの復興に必要なのは、名誉よりも金だ。そこだけきっちり通してもらおうぜ」

「……あーちゃんはさぁ……ほんとに損する性格だよねぇ……でも、あたし、あーちゃんのそういうとこ、すごく好きだよ?」

「んなっ! このっ…また、どさくさにっ!」

「あたしモタモタするんは、性に合わないからね?」

 何やら言い合いを始める二人に、元気な奴らだと苦笑する。

 俺が再び騎士英雄のほうへと視線を戻すと、何やら剣をかかげて口上をあげているところだった。


 その後ろ姿は、まさに英雄譚で謳われる騎士のそれだ。


 あの場に俺が立つことはないだろう、と再認識させられる。

 俺はこっちで、ボロ雑巾のようになって倒れているほうがお似合いなのだ。

「あぁ、鈴屋さん、大丈夫かな……」

 ぽつりと呟く。

 考えてみれば鈴屋さんはトドメの要因でありながら、何度も魔法を使って窮地を救ってくれた。

 ドワーフたちが海に落ちたときも、実は水の精霊を召喚して溺れないようにサポートしていたのを俺は知っている。

 鈴屋さんはあの騎士英雄の傍らで、気付かれないように何度もサポートしてくれていたのだ。

 きっと今はもう、あまり精神力も残っていないだろう。

 もし樽爆弾がなければトドメの一撃がガス欠状態で、騎士英雄が激怒する……なんていう面白い光景が見れたかもしれないな。

「……まぁ……なんにせよ、あとはあの死骸に樽爆弾を何個かぶつけて、あいつが倒した風になればいいだけ……」

 そこで俺は言葉を飲み込んだ。

 眼の前の光景が、あまりに予想外だったからだ。



 朽ち果てたはずの海竜が、ゆっくりとした動きでその首を起こす。


 弾け千切れた胴体からは、人と獣を混ぜたような真っ赤な腕が2本生えていた。


 その鉤爪が騎士団の何名かを、ひと薙ぎで両断してしまう。


 そして酷くしゃがれた声で、こう告げたのだ。


『………我は…ウイルズ…………楔をつけ破壊をする………反乱の槍………』

ウイルズ、しつこいです。(笑)

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