鈴屋さんと大英雄っ!〈14〉
海竜戦も佳境に入ってまいりました。
ワンドリンク推奨でお楽しみいただければと思います。
「あーちゃん」
全身白い毛で覆われたワーラットのアルフィーが、まっすぐと前を見据えたまま続ける。
「アゲイン、いくかんね!」
アゲイン……つまり、もう一度やろう、と言っているのだ。
それはまるで折れかけた俺の弱い心に、手を差し伸べているようでもあった。
「怯むな、止まるな、考えるな……よ、あーちゃん!」
「アルフィー……お前は……」
……本当に強いな、と心の中で付け加える。
心の強さはもちろん、アルフィーは単純に戦士としても強い。
骨折は治癒魔法で治したのだろう。
さらにゲームルール的に解釈するならば、シェイプチェンジすることにより筋力と敏捷性の値が1.5倍になっているはずだ。
極めつけは、盾の二刀流だろう。両手盾持ちは、一時タンク職で流行ったプレイスタイルだ。そのあまりの硬さから下方修正が入ったほどである。
こちらの世界ではその修正が効いているのかどうかは不明だが、盾役としてのみに特化するならば、有効な手段なはずである。
「カカ……まさに最強の盾だな」
「そうだよ。あたしは、あーちゃんの盾だかんね!」
俺の……ってところがまた泣かせる。ここまで言われて、嬉しくない男などいるものかってんだ。
「まぁ、ほんとは……獣化してるとこ、見せたくなかったんけどね」
「……アルフィー……」
そう言えば彼女が獣化したところを、俺は見たことがなかった。それは『これまで彼女が獣化する必要がなかった』というわけでなく、俺の前ではしたくなかったということだ。
その理由が『乙女心』からきていることくらい、いかに鈍感な俺でも理解ができた。
「あのな、アルフィー」
アルフィーの頭の上に、ぽんと手を置く。
「いまのアルフィーは綺麗に見えるぜ。もちろん、本心でな」
そうだ、言葉に嘘はない。
その白くて美しい毛並みも……獣化しても尚、失われることのないスタイルの良さも……何よりもその生き様が、ただ一言『美しい』と、思えたのだ。
「…………あーちゃん」
くいっと顔だけを後ろに向かせて、ネズミ顔のまま器用に、にんまりと笑う。
「それ口説いてるん〜?」
「ばか言ってんな。正直にそう思っただけだよ」
「あ〜〜、鈴やんが言う所の“そういうとこだよ〜”って、これなんね」
ひとりウンウンと頷いているが、俺には何のことやらサッパリだ。
そうこうしているうちに、ダライアスが再び攻撃態勢を取り始めた。
「あーちゃん、今度はパリィで圧して距離を詰めるかんね!」
「あぁ……けど、問題は俺のダガーを投げたところで……」
明らかに弱点の一つであろう額の角は、結界のようなもので守られている。
俺の投擲武器では、あの結界を破って角を破壊できる気がしない。
「そんなん、あそこまで行けばいいだけなん。あたし、あんな場所に近接攻撃を仕掛けられる人間なんて、ひとりしか知らないかんね?」
一瞬、その言葉の意図を読み取れずにいたが、すぐに「テレポートダガーで行けばいい」ということを理解する。
あの凶悪な海竜の眉間に飛べとか……そんなことをしたら、反射的にパクっと食われてしまいそうだ。
「恐ろしいことを言うやつだな」
「あーちゃんなら、やれるん。いいから、10歩詰めるよ!」
そう言いながら、身を低くし盾を構え直す。
アルフィーはこれからあの理不尽極まりない攻撃を、パリィだけで凌がねばならないのだ。危険度で言うならば、彼女のほうが格段に上だ。
であれば、俺がここで臆するわけにはいかないだろうよ。
「いくよ! あーちゃん!」
「あぁ、くそっ、やってやるよ!」
俺はダガーを2本引き抜くと、いま一度、奴の角を睨みつける。
まるで危険な山の頂上を見上げるような感覚だ。その頂が果てしなく遠く感じる。
『キョォォォォォォォォゥ!』
ダライアスが甲高い鳴き声を月に向かって吠え、グルンと体を回転させて尻尾を振るう。
尻尾は巨大な鞭のようにしなり、勢いをつけて左右に展開していた部隊を薙ぎ払いながら、アルフィーに襲いかかってきた。
しかし神の加護により鋼と化した二枚の盾が、耳をつんざく金属音と強烈な衝撃波を生みながら真っ向から受け止める。圧倒的体重差から来る攻撃に、アルフィーの足は地面にめり込んでしまい、1メートルほど後ろに押されてしまっていた。
それでも彼女はそこから、ザンっと前に向けて歩を進める。
「がっはァァァァァッ!」
溜めていた気を一気に吐き出すと、全身のいたるところから血が吹き出し始める。
あの小さな体に、尋常じゃない負荷がかかっているのだ。
「やるにゃぁ〜♪」
この状況を、笑って褒められるお前が怖いぜ、シメオネ。どんだけ戦闘狂なんだ。
正直、俺は今すぐにでもアルフィーを連れて逃げ出したい気分だぞ。
『キョォォォォォォォォォォォォォォゥ!』
再びダライアスが攻撃を仕掛けてくる。
しかし今度も、アルフィーが鋼の壁となって受け止める。
「まだまだーーーーっ!」
言葉とは裏腹にダメージは蓄積されている。その証拠に、アルフィーは両足をガクガクと震わせて、口からも血を吐き出していた。
それでも彼女は進軍を止めない。
すでに何度も巨大な海竜の攻撃をたった1人で受け止めている。誰がどう見ても満身創痍の状態だ。
「アルフィー、もう……」
眼の前でボロボロになっていく彼女を見ていられなくなり、思わずダガーを投げようと構えるが、それに気づいたアルフィーが左手で制してくる。
「あと……2歩なん。我慢して、あーちゃん」
か細い声と笑顔を向け、それでもズシャリと間合いを1歩また詰める。
……あと1歩……
ダライアスが更に回転し、尻尾を振るう。
もはやダライアスにとって、彼女は驚異と認識されたのだろう。その攻撃はこれまでのような全体を巻き込むものではなく、アルフィーだけを狙った1点集中・必殺の一撃だ。
アルフィーもそれを読み取り、グッと四肢に力を込めて待ち受けようとする。しかし遂に、踏ん張りきれず片膝をついてしまった。
「アルフィーっ!」
「だ……だいじょう……」
尻尾は轟音を鳴らしながら目前まで迫っている。
もうここで仕掛けるしかないっと思った、その瞬間だった。
俺の左手側から、巨大な影が飛び込んできたのだ。
「穿てぇぇぇ、魔槍つらぬき丸っ!」
赤い帯を胴体に巻いた影は、巨大な槍を両手にダライアスの尻尾と激突する。
「アークくん、助太刀するよ!」
”赤帯”のドレイクの突撃を合図に、”灰色”のジュリーを始めとした窮鼠の傭兵団の部隊長たちが、次々と眼の前に飛び込んでくる。
それと同時に竜鱗と血が飛び散り、あまりの衝撃で、獣化をした部隊長たちが吹き飛ばされてしまう。
「旦那がたっ、感謝するよ!」
アルフィーが嬉々として叫び、盾を顔の前に構えて再び突っ込んだ。
同時に強烈な金属音と、アルフィーの両腕から骨が折れる嫌な音が聞こえる。
「うあぁァァァァァァァッ!」
気合と痛みによる悲鳴が入り混じったアルフィーの叫び声が、心を突き刺す。
これでも防ぎきれないのか、と最悪の光景が脳裏に横切ってしまう。
しかしこの絶望的な状況で戦況を変える最後の一手を打ったのは、やはり彼女だった。
『ヴァルキリー、みんなを守って!』
その声は俺にとって最も信頼のできるパートナーのものだ。
今だけはネカマであるとか、そんな考えを一瞬で吹き飛ばさせてしまう、愛しく思える声だ。
その声に反応して、金色の鎧に身を包んだ女騎士が現れる。
女騎士はくるぶしに生えた光の翼を大きく羽ばたかせると、一気に加速をしてアルフィーの隣まで飛んだ。
そしてそのまま、巨大な盾でダライアスの尻尾を受け止める。
「鈴やんっ!」
心強い援軍にアルフィーがもう一度気を吐き、最後の力を振り絞って盾を押し始める。
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そして……
そして、ついに奴の尻尾を弾き返したのだ。
「いっけぇぇ、あーーちゃん!」
そのまま前のめりになって倒れてしまうアルフィーを横目に、俺はすかさずダガーを投げた。
「トリガーっ!」
瞬間後、ついに俺はダライアスの頭上へと転移したのだ。