鈴屋さんがいない日っ!〈3日目〉
土曜の夜ですよ
う・ごき・だす・サタデナイッ!
ホットカフェオレ一杯とクッキーのお供に、ウルトラライトな鈴屋さんでも、まったりとどうぞ
「あー君、あー君」
声が聞こえた気がした。
ついで身体がゆすられる。
「起きてよ、あー君」
「……う……ん……? 鈴屋さん?」
ゆっくりと目を開けようとする。
人影がぼんやりと見えるが、朝日がまぶしいうえに、逆光でよく見えない。
背中が痛い……というか、俺は屋根上で寝てしまってたのか?
「アーク、あんたいつまで寝ぼけてんのよ。……こんなとこで寝てたら、危ないじゃない。随分探したんだからね?」
そこでようやく、声の主が南無子だと気づく。
「ほら、身体拭いて……夜露で濡れてるじゃない。あんたまで、風邪ひくわよ」
南無子が、見下ろしながらタオルを差し出してきた。
俺はそれを受け取りながら、上半身をゆっくりと起こす。
「あぁ……ありがとう。なぁ、南無子……あのさ……」
南無子がツインテールの片側をかき上げながら、少し身を構える。
「な、なによ?」
「……朝から素敵な水着……ごちそうさまです」
南無子は一瞬間をおいて、みるみると顔を真っ赤にしていった。
「なっっっ!」
その後に見せた、スカートを抑えながらの鋭い蹴りは、ニンジャの俺でもかわせないものだった。
どうやら南無子の状態でも、破戒僧の戦闘能力は健在のようだ。
「いってぇ……でも、ありがとう」
しこたま蹴られた左腕をさすりながら、素直にお礼を言う。
「丸薬飲まずに来ればよかった……」
「なんだよ、風呂の時は平気そうだったのに」
「……あれは、お風呂を目の前にして、私もちょっとおかしくなってたのよ」
黙って南無子の目を、まっすぐ見つめる。
「……なによ?」
「昨日、どこに行ってたんだよ。鈴屋さんだけじゃなく、お前までいなくなるし……殺し屋は来るし……」
「……殺し屋? 何よソレ……大丈夫なの?」
ジト目だった南無子が一転、心配そうにしながら目の前に座る。
本当に表情が豊かな子だなと、張り詰めていた気持ちが少し和らいだ気がした。
俺はイーグルとの出会いから昨夜のことまで、要点をまとめて説明をする。
南無子は真剣な面持ちで、黙って最後まで聞いてくれた。
「……ふぅん……まぁ……今は害はなさそうね……それより、アーク」
「んん?」
今度は首を傾げながら、悪戯っぽく笑う。
有り体に言って、かわいい。
「私がいなくてぇ〜さみしかったんだぁ~」
「うん、南無さんはともかく、南無子がいなくなるのは色々とさみしい」
「こ、こいつは……」
「で、本当に昨日はどこに行ってたんだよ」
南無子はため息をつきながら、小さめの紙袋を取り出した。
「……なにこれ、朝パン?」
「それはお土産。とりあえず、鈴ちゃんは見つけたわよ」
「…………え?」
反射的に、がばっと南無子の両腕を掴んで詰め寄ってしまう。
そのあまりの勢いに、南無子が引くほどだった。
「ちょ……ちょっと、アーク」
「なに? どういこと?」
「近い、近いって! ……もう。鈴ちゃんは今、リディシアにいるから!」
リディシア……たしか、病院みたいな施設だったか?
ほとんど行ったことないから知らないのだが……
「鈴ちゃんね、体調不良でリディシアに行って、そのまま入院させられたみたいよ。私は昨日、着替えやら何やら持って行ったりしてたの。数日で退院できるけど、“あー君にうつすと悪いから来ちゃダメ”だってさ〜」
「えぇ……大丈夫なの?」
「まぁ、風邪をこじらせた感じよ。だから大人しく待っててあげて」
南無子はそう言うと立ち上がり、小振りなおしりをぱんぱんと払う。
「……そっか…………そっか。よかった……」
思わず涙が溢れそうになり下を向いた。
南無子は小さなため息と共に笑顔を見せて、屋根にかけられた梯子に向かっていく。
「すまね、南無子……ありがとな」
遠くから、お風呂の礼はしたわよ、と聞こえてきた。
本当に感謝の言葉しかない。
彼女がいてよかったと心底思えた。
……そうか……本当に良かった。
「数日って、どれくらいなんだろう」
と、南無子が置いていった紙袋を思い出す。
「お土産……病院のお土産ってなんだ?」
ガサガサと音を立てて中身を確認してみると、スタパで見たことあるような大き目のクッキーが1枚入っていた。
何の土産なのか、もはや謎過ぎて理解できないが、ちょうど小腹もすいてきていたので、とりあえずぱくりと食べてみる。
「んが……なんだこれ」
噛み切る前に何かが邪魔をして、思わずクッキーをペッと取り出す。
見るとクッキーの中に小さな羊皮紙が入っていた。
「なんだっけ……なんかこういうクッキー前に何かで見たな。メッセージか何かを……」
そこで、ハッとする。
慌てて紙を抜き出し、乱暴にばっと広げる。
それは間違いなく、鈴屋さんからの手紙だった。
あー君へ
何も言わずに、いなくなってごめんね
あー君のことだから、いっぱい心配してくれたよね
ちょっと色々あって、今は会えないけど
すぐにもどるからね
あのね
なんて切り出せばいいのか、分からないんだけど
これからもあー君のそばに、私は必ずいるから
もし私に、何か変だなって思うことがあっても
私を信じてね
お願いします
あと恥ずかしいから、この手紙は読んだらすぐに食べてね
これはお願いじゃなくて命令だよ
鈴屋
……なんだろう……文面にわずかな緊張感が感じられた。
「まぁいいか……」
俺は何度か読み返すと、迷いなくパクっと口の中に放り込んだ。
言われなくても手紙なんぞ残さない性質だし、どこかに捨ててグレイに拾われでもしたら、それこそたまったもんじゃない。
とりあえず、鈴屋さんの無事は確認できたんだ。
帰ってくるのもわかった。
わざわざ手紙もくれて、これからもそばにいてくれると言ってくれている。
求められていることが、鈴屋さんを“信じるだけ”でいいんだから簡単なものだ。
「とにかく、よかった」
たったこれだけのことで、目の前の景色が色づいて見え始めるのだから不思議なものだ。
南無子にもお礼言わなきゃな……鈴屋さんには……鈴屋さんが帰ってくるまでに、快気祝いを用意できないかな……
あたたかい日差しを浴びながら、俺はのんびりとそんなことを考え始めていた。
【今回の注釈】
・う・ごき・だす・サタデナイッ!(前書き)……ネト充ですごめんなさい
・スタパ……バ ですごめんなさい。ほんとはタリーズ派デス
・目の前の景色が色づいて見え始める……よくみる表現ですが私的には「四月は君の嘘」が一番説得力があって綺麗でしたね




