鈴屋さんと大英雄っ!〈10〉
お持たせしました。
お盆前にあげたかったのですが、なかなか時間が取れず…で、書きためておりました。
それではラナの活躍を、ワンドリンク片手にお楽しみください。
俺はテレポートダガーで『地上決戦組』が待つ倉庫にもどると、手短に現状と作戦の修正を説明し、再び港に戻っていた。
「アーク殿!」
ハチ子が切迫した声で駆け寄ってくる。
理由はすぐに理解できた。
港から200メートルほど沖へと離れた場所にある、ドワーフ隊と巨大な海竜の戦場が激化していたのだ。
荒ぶる波に翻弄されながら、ありったけの投擲武器を投げ、投擲武器をなくしたドワーフは、戦斧を手に自ら海へと飛び込んでいた。
「くそ、わかっちゃいたが…」
「戦況は芳しくありません。やはり海での戦闘はダライアスに軍配が上がります」
せめて海軍でもいてくれればよかったのだが、いないものを当てにしても仕方がないというものだ。
「どうしますか、アーク殿?」
「弓に『絶界雷』をかけるから、ハチ子さんはそれで攻撃をしてくれ!」
「了解しました、アーク殿」
「あとは…少し早いけど頼めるか、ラナ?」
俺が連れてきたのはラナだけだ。遠距離で火力となると彼女しかいない。
隣では三角帽子を目深にかぶり、地面をトントンと大きな杖で叩く少女の姿があった。
「もう少し近づかないと魔法が届きません」
そして、小さな声でごめんなさいと付け加える。
「船か…じゃあ」
俺はそう言って、先程の赤ひげのドワーフを探す。
「おい、さっきのドワーフの爺さん!」
「なんじゃ、やかましいぞ、若造!」
馬とバリスタの矢を力任せに繋げながら、赤ひげのドワーフが叫び返してきた。
鎧を着ていないところを見ると、技師なのだろう。
「船を借りたい!」
「…船じゃと〜」
ドワーフはいくつもの三つ編みに編み込まれたひげを触りながら一考し、やがて深く頷いた。
さきほどの作戦を思い出したのだろう。
「ギルじゃ。言っておくが、わしはまだ46歳じゃ!」
「んなことはいいから、船はないのかよ!」
「はんっ、ついてこい、若造!」
ギルはそう叫ぶと港の方に向けてドタドタと走り出した。
黙ってその後をついていくと、ギルは港に停泊していた小さめの船に飛び乗る。
「わしが漕ぐ、お前らはしっかり攻撃せい!」
そう言いながら、ギルは船尾にある長いオールを漕ぎ始める。その力強いひと漕ぎで、船は大きく前へと進み始めた。
「ちょ…早いって!」
慌ててラナの方に視線を送る。
うん、間違いなくそのローブでは飛び乗れないだろう。
「悪い、失礼するよ」
文句なら後で聞いてやるからと付け加えて、小さな体つきの彼女を抱き抱える。
ラナはキャッと可愛らしい悲鳴をあげ、両手で杖を抱え込むようにして身をすぼめる。
俺は構わずそのまま飛び移り、ひどく揺れる船上へと優しくおろした。
「ど、どうも…ありがとう…ございます」
俺は彼女を支えながらそれに頷いて応えると、ハチ子の方を見上げる。
「飛び乗れ、ハチ子さん!」
「…お姫様抱っこ…」
「へ?」
「なんでもないです!」
ハチ子がなぜか口を小さくとがらせて、ワンピースを抑えながら軽やかに飛び移ってきた。思わず、ふわりと舞うワンピースの裾に目を奪われる。
「おぉ…際どい…」
「あ、あ、アーク殿っ、そんなことより属性付与を!」
「任せろっ!」
すぐさまハチ子の弓を指でなぞり、絶界雷を発動させる。弓はすぐにパリッと音を立てて、青白い稲妻を走らせ始めた。
弓矢の属性付与は、弓にバフをかけることにより、その弓から放たれる矢にも属性が付与されるようになっている。その辺はいかにもゲーム的で、ご都合主義な効果だ。
「雷属性の付与…しかも詠唱なしで……遺失魔法か何かですか?」
「説明はあとだ。ラナ、魔法は使えるか?」
「あの…揺れが酷くて集中が難しそうです…」
そうだろうよ。正直、俺も立っているのがやっとだからな。
ダライアスが起こす波は思っていた以上に強く、どうあっても船は大きく揺れてしまう。この揺れの中で呪文を詠唱することは難しいだろう。
「OK、俺が支える。とりあえず、明かりの魔法だけでも頼めるか?」
ラナは不安気にうなずくと、杖で船底をトントンと叩いた。
そしてゆっくりと深呼吸をひとつし、詠唱を始める。
『月よ、魔力の泉より、闇を染める光を今ここに』
詠唱された呪文に反応し、杖が赤く光り始める。その月の周期の色で光を灯す、月魔法の月光だ。
杖から放たれる強い光に照らされて、俺の背後に濃い影が生まれる。
「よしっ、術式 影縛り!」
俺は背中に装備していた、8本のダガーのうちの1本を、自らの影に向かって投げつけた。
効果はすぐだ。俺の下半身が石のように固まっていく感覚が生まれる。
「…何を?」
「束縛の術だ。これでどんな荒波が来ても、俺の足は、あのダガーに固定される!」
と言ったところで理解できないだろうが、今は説明をしているときではない。
「あと、先に謝っとく。ごめん!」
俺は、言葉に意味が理解できずに目を丸くしている、ラナの腰に手を回し、そのまま後ろから抱きしめた。
もちろん「鈴屋さん見てないよね? これは違うからね」と、頭の中で言い訳をしながらだ。
「なっ…なっ、なにしてるんですカァッ!」
「アーク殿、ハチ子も怒る時は怒りますよ!」
「馬鹿、違うって、これで支えるから呪文詠唱しろっての!」
「余計に、集中できませんょっ!」
「アーク殿、わたしだって支えてほしいです!」
「お前は体幹良すぎて、超平気じゃねぇか!」
「…お前って…」
やめろ、赤くなるな。話がややこしくなる一方じゃないか。
「小僧どもっ、早く攻撃せんか!」
「わかってるよ! ラナ、魔法をっ!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
ラナは顔を真赤にして涙目になりながら、何度も杖で船底を叩いていく。どうやら恥ずか死ぬ直前のようで、もうなんか見ているだけで色々と可愛らしい。ただ、俺のやってることといえば、ほぼハラスメント行為なので、いつか天罰が下るのではと冷や汗混じりである。
「こんなこと、前のパーティでもされたことないですっ!」
「いいから早く!」
ラナは、唇をきゅっと結んだ後、集中するためか目を閉じる。
『…月よ、魔力の水面に跳ねる赤の雫を今ここに!』
呪文に反応し、杖の先から大きな赤色の光弾が生まれ、ダライアスに向かって凄まじい速さで放たれる。
たしかあれは、月魔法で最も基本となる攻撃魔法「月光弾」だ。その月の周期の色でエネルギー弾を放つため、今回は赤色なのだろう。
赤い光弾はダライアスの首元に当たると、バグンッ!と大きな音を立てて爆発した。
「おぉ…」
基本魔法であの攻撃力って、相当魔力高いんじゃないのか、この子。
すかさずその首元に、雷の矢が刺さっていく。
ハチ子の弓の腕前も相当だ。
『キュゥルルルルルルルルルッ!』
ダライアスが高い声で鳴き、巨躯をよじらせる。その度に大きな波が生まれて、船が上下左右へと暴れまわる。
その揺れもさることながら、間近で見るダライアスは絶望感そのものだ。ワイバーンなど比べ物にもならない。
「アークさまっ!」
「こらえろぅぅぅっ!」
俺は必死にラナを抱きしめて、波を凌ぎきろうとした。
しかしその時、竜種の恐ろしい攻撃が牙をむく。
『キョォォォォォォォォゥ!』
鳴き声のあと、その口から海流のブレスが放たれた。
それは水圧を凝縮したレーザーカッターのようなもので、近寄る船を両断してしまうほどの破壊力だった。
「やべぇ、あれはやべぇ…」
危険なのはブレスだけではない。暴れる尾も、うねる波も、そして飛び散る船の破片も、全てが俺たちに襲いかかってくるのだ。
「ハチ子さんは剣線でギルを守って!」
俺はそれだけを告げると、ラナのことを身を挺して庇う。
しかし、一際大きな木片が、俺の肩とラナの頭に直撃してしまった。
「キャァァァッ!」
俺は痛みに顔を歪めならも、悲鳴を上げて座り込むラナを守るべくさらに抱き寄せる。
「大丈夫かっ!?」
ラナは、頭のどこかを切ったのか、幾筋かの血を流していた。やがて血はみるみると顔の左側を覆っていく。
しかし彼女は真っ青な顔をしながらも、健気に何度もうなずいて見せていた。
「くそっ、たしかシーサーペントって、エルダードラゴンより全然格下の竜だよな。こんなん、マヂで倒せんのかよ!」
「臆するな、若造! あんなもの図体が大きいだけじゃ! 攻撃し続ければいつかは倒せるわいっ!」
腹の底に響くような、ギルの鼓舞が心強い。
「たしかに…あぁ、その通りだ! ダメージは通ってんだ。いつかは倒せる!」
「アークさま、でも…わたし、怖いです…」
「大丈夫だ、俺がついてる。いざとなったらテレポートで逃げることも出来る。だから安心してぶっ放せ!」
ラナは少し震えながらも、こくこくと首を縦に振る。
そうだ。彼女は冒険者なのだ。怪我をしても戦える強さは、すでに備わっているのだ。
「少し、全力でいきます!」
そう言って立ち上がると、自分よりも大きな樫の木を両手で掲げる。
「榊の杖よ、その力を解き放て!」
直後、ラナの体が青白く光り始める。
…これは…特殊バフ? 杖の効果か?
『月よ、魔力の…』
その時、なぜかラナの声が二重になって聞こえた気がした。しかしそれが幻聴ではないと、次の瞬間に、はっきりと理解する。
『吹雪で全てを凍らせよ!』
『氷槍の雨で穿ちぬけ!』
月夜の空に氷の槍が何本も生まれ、猛烈な吹雪に巻き込まれてダライアスに襲いかかる。槍はダライアスの巨躯に次々と突き刺さり、強烈な吹雪は海面をも凍らせていった。
さすがに魔力を使いすぎたのか、ラナの体から力が抜けていく。
「なんだ? なにをした?」
「…榊の杖の秘められた力…『二重詠唱』で、2つの魔法を同時に行使しました…」
なるほど、レア杖の力で、特殊なスキルを一時的に開放したってことか。この子、本当に強いな。
「…簡単に説明すれば、月魔法の月吹雪と、月雪槍を同時に詠唱して、月雪槍乱舞という特殊な複合魔法を発動させてます…」
「…同時詠唱…天使系のボスが使ってきてたな、たしか。味方が使ってるのは初めて見たぜ」
「…これは…秘密でおねがいします。複合魔法は私の研究している大事な分野なのです…」
俺は黙ってうなずきながらも、月魔法の強さに只々圧倒される思いをしていた。
【今回の注釈】
・赤い光弾………ジリオンです。知るわけないですね、すみません。ここから連想されるのは、ジリオン=セガ商品化アニメ系列=ボーグマン=菊池通隆=麻宮騎亜=サイレントメビウス=コンパイラって感じです。いま並べた連想を、秒で理解できた人はすごいと思います。