鈴屋さんと大英雄っ!〈8〉
お待たせしました。
海竜戦、長くなりそうです。終わるまで、圧倒的なラブコメ不足ですね。(笑)
暑くなってきましたので、寝る前には水分をとりながら、ネカマの鈴屋さんでもどうぞ。
「きたぞっ!」
突如、港の方から叫ぶように伝達が飛んだ。
すぐに大きな銅鑼の音が鳴り響き、「おぉぉぉぉ!」とドワーフたちの雄叫びが聞こえる。
「来やがった、本当に来やがった!」
グレイが声を上擦らせて剣を抜く。
それに釣られたかのように、みな次々と武器を構え始めた。
「待て、慌てるな!」
月明かりだけが頼りの倉庫の中では、相手が見えないという恐怖からか、平常心を保つことは困難に思えた。
これで海竜の雄叫びやドワーフ隊の悲鳴でも聞こえようものなら、恐慌状態に陥る者が出てくるだろう。
戦う前から戦意を削がれては、勝てる戦も勝てないというものだ。
「俺たちの仕事は、あいつが地上に来きてからだ。作戦通り、俺がドワーフ隊の状況を見てくる。グレイ、先走るなよ?」
グレイがこわばった表情でうなずくのを確認し、ダガーを引き抜く。
そしてその手が僅かに震えていることに気づいた。
そうだ、怖いに決まっている。
「初見殺しアリアリの死にゲーじゃないことを祈るぜ」
俺は不安を気取られまいと、赤いマフラーで口元を隠した。
せめてあと一人、サポートしてくれる人がいてくれたら……と、辺りを見回す。
連れて行くなら絶対防御を誇るアルフィーが安心だが、今からやることは様子見だ。
役割としては斥候や奇襲に近いのだから、『速さ』と『強さ』が必要である。
だとすれば、彼女が適任だろう。
「ハチ子さん、行けるか?」
「もちろんです、アーク殿」
黒いワンピース姿の美麗なるアサシンが即答で返し、青白く光るシミターを抜き身のまま構える。
人気ゲームの女主人公のようなハチ子に、緊張の色は微塵もない。
一体どうしてそんなにも落ち着いていられるのか、戦いが終わったらぜひ聞いてみたいものだ。
「ドレイクさん、しばらくお願いします」
応っ!と槍を掲げる戦士に軽く頭を下げると、赤い満月の光に染まった港に向けて飛び出した。
全速力でいくつかの倉庫を駆け抜けると、一気に視界が開けて港にたどり着く。
そこには百人近いドワーフが戦歌を唄い、ドンドンと地面を踏み鳴らしていた。その野太い声と、大地の精霊を呼び起こすような地鳴りに気圧されてしまい、思わず足を止めてしまう。
そして港から三百メートルほど沖に行ったところに、水色の鱗をもつ竜がその首を持ち上げていた。
額に生える1本の長い角が満月に反応しているのか、禍々しい赤色で光っている。
竜種でありながらも翼がないのは、海竜の特徴だろう。
もしかしたら、体長は五十メートル近くありそうだ。
先陣を切るドワーフたちは、臆することなく船で攻撃を仕掛けていた。 少しでも港におびき寄せて、バリスタで射抜くつもりだろう。
最前線は、すでに修羅場と化していた。
ダライアスは身を捩らせるようにして波を立て、長い尾で近づく船を粉砕する。
その度にいくつもの戦士の影が海に投げ出され、波のうねりに飲み込まれていった。
それでもドワーフたちは、投擲用の槍や、投擲用の斧を、船上から何本も投げつけて攻撃の手を緩めない。
その勇敢な戦いぶりに、血潮が熱く滾っていくのが自分でもわかった。
「アーク殿!」
ハチ子が港の方へ指をさしながら、切迫した声で叫ぶ。
「あそこで何かが!」
それ以上は説明を求めるよりも見たほうが早いだろうと、すぐに港の方を注視する。
そこには半透明の女性の姿をした何かが、まるで海から生えるようにして、ゆっくりとした動きで体を起こしていた。
どうやら、その体は水そのもののようだ。
「水の精霊……か?」
あるいは鈴屋さんなら識別できるのだろうが……と、相方の愛らしい表情を一瞬思い浮かべる。
すると不思議なことに、鈴屋さんの声が聞こえたような気がした。
この切迫した状況で、何を考えているんだと否定的に頭を振る。
“あー君!”
しかし声は、さきほどよりはっきりと耳元で聞こえた。
“あー君、あれはアプサラスだよ。水の上位精霊で、たぶんダライアスが使役してるんだと思う”
思わずキョロキョロと鈴屋さんを探す。
しかしやはり、その姿は見えない。
“ごめんね、近くにはいないの。風の精霊の力を借りて声だけを届けてるの”
なんと、そんな小技も使えるのか……とか言ったらプンスコするんだろうなぁと、一瞬にやけてしまう。
それでも鈴屋さんが気にかけてくれて、こうしてサポートしてくれることは非常に心強い。
“そこそこ強いから、気をつけて!”
俺はどこから見ているのかわからない鈴屋さんにダガーを掲げて応えると、気を引き締めるように深呼吸をひとつした。
アプサラスは、ふらふらと揺れながら月に向かってその体を伸ばしていき、港を見渡す。
そして右手をゆっくりと持ち上げていく。
「あれは……」
そうだ、俺は知っている。あれはアプサラスの攻撃モーションだ。
その昔、このゲームの期間限定イベント『精霊討伐クエスト』で、俺はたしかに戦ったことがある。
あの中ボス、アプサラスっていうのか。
「ハチ子、避けろ!」
それだけを叫び、すかさずトリガーをする。
次の瞬間、俺がいた地面に何本もの水の槍が突き刺さっていった。
「あぶねっ!」
俺は転がるようにして荷馬車の裏側に退避し、すぐにハチ子の方に視線を移す。
しかしそこにはハチ子の姿はすでになく、代わりに黒い霧のようなものが生まれていた。
瞬間後、何本もの水の槍が黒い霧に襲い掛かるが、槍は虚しく霧を通り抜け、地面に当たり弾けて消えていった。
そして黒い霧は揺らぐようにしながら、まっすぐ俺の方に向かってくる。
「ハチ子……なのか?」
黒い霧は俺の隣までくると、砂のようにさらさらと霧散していく。
「アーク殿」
中から現れたのは、もちろん黒いワンピース姿のハチ子だ。
「驚いたぜ。すげぇな」
「アーク殿から頂いたこの防具、『フロム・ダークネス』の能力です。闇を生みだし移動もできます」
「精霊の恩恵ってやつか。さすが超レア防具だねぇ」
たしか、この色っぽい魔法のワンピースには、闇の精霊シェードが宿っている。
精霊が宿る装備は非常に貴重で、いわゆる魔力付与された魔法の装備よりも圧倒的に数が少ない。精霊の定着は、失われた古代月魔法の魔力付与と製作方法が違うからだ。
そして見た感じ、これはあまりにも特殊だ。
ゲーム的に言えば、無敵時間ありの移動術だろう。
なるほど、模擬戦をしたアルフィーが「ズルい」と言っていたのが頷ける。
「カカッ、どこまでも似合ってるな、ハチ子さんに」
「それは、どういう意味ですか?」
ハチ子がむっと、唇を小さなへの字にして抗議をしてくる。
「色っぽすぎて、目のやり場に困るって話さ」
「んなっ」
カカカと笑いつつ、物陰からアプサラスの様子を窺う。やつはすでに次の攻撃モーションに入ろうとしていた。
「まずはあれを片づけるぞ、ハチ子さん」
「まったくもう……了解しました、アーク殿」
少し頬を朱に染めるハチ子に、俺も笑顔で頷いてみせた。
【今回の注釈】
・初見殺しアリアリの死にゲー………モンハン(モンスターハンター)、ダクソ(ダークソウル)です。モンハンの初見殺しはボスにもよりますが。(笑)
・黒いワンピース姿の美麗なる〜人気ゲームの女主人公………ニーアオートマタの2Bです。コラボで全く別会社のゲームにスキンで登場する最近のノリは素敵。
・無敵時間ありの移動術………ダクソです。ハチ子さんの場合は闇そのものに、その瞬間はなっています。