鈴屋さんと大英雄っ!〈7〉
お待たせしました。
なかなか多忙で書き貯められませんでしたが、なんとかアップです。
それでは休日の暇つぶしに、不在の鈴屋さんをどうぞ。
この世界には色の異なった4つの月が存在している。
月は30日の周期で、赤・青・白・金の順番に光の色をかえて現れる。
「赤い月」は、狂気と破壊を──
「青い月」は、悲哀と衰退を──
「白い月」は、無垢と再生を──
「金の月」は、幸運と栄華を──
いつしか月の色には、そんな意味があると云われていた。
実際に月の力がそうさせるのか、それぞれの月の色でそのような事象が起こりやすく、この世界の住人にとってもそれは疑うことのない、それこそ子供でも知っている世界の理だった。
これが、MMORPG『THE FULLMOON STORY』のオープニングで流れる文章だ。
そして俺が流れついたこの世界での理でもある。
たしかに赤い月の周期はモンスターが活発化しやすく、人間ですら妙に高揚して事件を起こしやすい。
なにか大きな事件が起きるのも、たいてい赤い満月の夜だ。
その赤い満月の夜がやってきた。
狂気と情熱に満ちた赤い満月は、その杯の中身を絶望と軌跡で満たしていく。
学者たちが言うには今夜、海竜『ダライアス』が現れるという。
その理由を説明されても俺にはやはり理解できないのだが、それでも「今日だ」と理由もなく確信めいたものを感じていた。
港の倉庫内には多くの冒険者や傭兵が、高ぶる気持ちを抑えるようにしながら決戦の刻を待っていた。
俺のパーティは『地上決戦組』の中で突破口を開く『主力組』の一翼を担うこととなる。メンバーは、俺、ハチ子、アルフィー、シメオネ、ラスター、ラナの6人だ。
『主力組』は他にも、窮鼠の傭兵団や冒険者の混合パーティで何組か構成されていて、いずれも強者揃いだ。
現状、バリスタで地上に引き上げるドワーフ隊の次に、重要な役回りといえるだろう。
「アークさみゃ」
俺が倉庫の入口付近で海の様子を伺っていると、トコトコとシメオネが近づいてきた。
今日はいつものチャイナ服風の防具の上から、淡い赤色の輝きを放つグローブとプロテクターのようなものを装備している。おそらくは魔法の品なのだろう。
「アークさみゃ、シメオネは練気をしまくればいいにゃ?」
あぁ、とうなずく。
「練気に練気を重ねた、どぎついのをドタマにぶっ放せ。そこまでは俺たちが連れて行ってやる」
「了解したにゃ!」
シメオネは元気に右手を上げると、鼻歌を歌いながら軽くステップを踏み始める。
相変わらずその動きはキレキレで、俺なんかでは真似できそうにない。
まさに蜂のように舞っていた。
「俺は妹を守りながら、適当にサポートをさせてもらうよ。指示があるなら、その都度言ってくれ」
「あぁ。ラスターとハチ子さんは、俺とシメオネからあまり離れないようにな」
「了解しました、アーク殿」
ハチ子が黒いワンピースを海風になびかせながら、表情を変えずに返事をする。
クールビューティはいつも通りの落ち着きようだ。
「アルフィーは、ラナの前で全力パリィだ。鈴屋さんがいない以上、ラナの月魔法は、必ず必要になるからな」
「了解なん〜。んでも〜あーちゃんが危ない時は別だかんね?」
「カカカ。やばい時は俺も言うさ。そん時は頼むぜ」
「何でも任せて〜。あたし、久々にたぎってるからねぇ〜」
それは数多の死地を乗り越えた戦士だけが見せることのできる、不敵な笑みだった。
未知の強敵を前に、これほど心強い仲間もいないだろう。
「アークさま……私はたぶん、作戦通りにしか動けません。作戦を変更する時は、なるべく早く……」
ラナが自分の身長よりも大きな樫の木の杖で、コツンコツンと地面を叩く。
どうやら彼女は、ここの誰よりも緊張しているようだ。杖で地面を叩く行為は、気持ちを落ち着かせるためのルーティーンなのだろう。
「なぁに、大……」
俺が笑顔を浮かべて「大丈夫だ」と言おうとしたのだが、その言葉を飲み込んでしまう。
思わぬ横槍が入ったからだ。
「安心してください、導師のご令嬢。この『騎士英雄』エメリッヒがいる限り、あなたに危険が及ぶことはございません」
いつの間にか、倉庫の入り口に立っていたエメリッヒが、胸に手を当てて優しい笑顔を浮かべる。
しかしラナは三角帽子のつばを摘むと、すすっと俺の背後へと逃げるようにして隠れてしまった。
もちろん照れ隠しなどではなく、苦手な手合だからだろう。
「傭兵団や冒険者の皆様には、勇敢なる白兵戦を期待していますよ」
心の中で、よく言うぜと突っ込んでおく。
「ただ……リーダーがお前では、一抹の不安を感じるが、な」
そして標的は、また俺だ。
クラスのいじめっ子かよ、こいつは。
「そこのレディも、私の隊にくることをおすすめしますよ。その美しい体に、傷を作ることはありませんからね」
いつの間にか俺の右後ろに立っていたハチ子に、エメリッヒが手を差し伸べる。
手を差し伸べるってのが、またズルい。
断りづらいだろう、そういうの……
「結構です。私はアーク殿を守るために、ここにいますので」
ハチ子は視線を合わせることもなく横を向いて、きっぱりと拒絶する。
正直、こうもはっきりと言われると嬉しい反面、反応に困るものである。
「そうですか。ではこの『騎士英雄』の名にかけて、あなたの窮地に必ずや駆けつけましょう」
「私にはアーク殿がいますので……助けは必要ありませんよ、騎士殿」
「それはそれは……随分と信頼しているのですね……」
エメリッヒの冷ややかな視線が突き刺さる。
敵認定が深まる一方だ。
「なぁ〜、あんたは何しに来たん? あたしらは今、ちぃとばかし気が昂ぶってるんよ?」
「なに、大事な『地上決戦組』に、この『騎士英雄』がついていることを再認識させておこうと思っただけだ」
「つまり、安心して戦えってことなん? 言っとくけどなぁ〜、あんたなんかに、そんな大層なご利益はないんよ?」
アルフィーは左手を腰に当てて、右手をひらひらとさせながら、あくまでも挑戦的に言う。
「娼婦風情が前線では、心配だとも言っているのだよ」
こいつ、また……
ぴくりと震えるアルフィーに、今度は俺が腕を掴んで止める。
「心配には及びませんよ、騎士殿。アーク殿は騎士殿が思っているよりも遥かに強いですし、アルフィーは気高く生きる真の戦士です」
それでもエメリッヒは、何かを否定するように首を横に振る。
「そうですか……しかしこの作戦は、前線のドワーフ隊と、君たち『地上決戦組』に大きな責任が伴っています。失敗は許されないのですよ」
一瞬で、場の空気が張り詰めていく。
どこまで、ふざけた奴なんだ。
「おぅ、騎士のあんちゃんよっ!」
荒々しい中にもどこか威厳すら感じる声が、倉庫の奥からした。
男は立ち上がると、高価なフルプレートメイルに大きな槍をガチャリと音を鳴らせて肩に乗せる。
筋骨隆々でいかにもなパワーキャラ、身長は二メートルを超えているだろう。褐色の肌、ボサボサの赤髪、そしてひと目で理解る強者の面構え。
何よりもプレートメイルの上から巻かれた赤色の帯が、やたらと目を引く。
「あなたは?」
「応っ! 我こそは窮鼠の傭兵団、第一部隊長、赤帯のドレイクだ!」
ドレイクはそう名乗ると大きな声で笑った。
そうだ、彼はハチ子救出の時にいた戦士だ。
たしか窮鼠の傭兵団でも古株で、あのアフロの次に強い戦士と言われている。
「おぉ、あなたがあの……ご高名はかねがね聞き及んでおります」
エメリッヒが胸に手を当てて、急にかしこまる。
ということは、ドレイクは相当有名な戦士なのだろう。
「騎士のあんちゃん、硬い話は抜きだ。そいつぁ〜団長が一目を置く男でな。なんなら、この作戦で窮鼠の傭兵団全軍の指揮を任せていいと言われている」
「おぃ……それ初耳だぞ」
「アーク、おめぇさんはそれだけ認められているんだ。むろん我らが窮鼠の傭兵団も、これで中々の強者揃いだ。故に負ける要素も、不安に感じる要素もない。何ならこの槍に誓ってみせようぞ」
そしてもう一度、豪快に笑う。
「なるほど。ドレイク殿が、そうおっしゃるのであれば……」
エメリッヒは複雑な表情を浮かべて軽く会釈をし、倉庫から立ち去ろうとする。
完全勝利な気分だが、去り際に見せたその目は、やはり冷たいものだった。
もはや俺の中でも味方に思えないのだが、あいつは『鈴屋さんを守ってくれれば、それでいいや』という認識になりつつあった。
「すまね、ドレイクさん。大事な戦いの前だってのに」
「はっ! 構わぬよ。あのような小物に目くじらを立てても、仕方がなかろう」
「ドレイクの旦那ぁ〜」
アルフィーが悔しそうにしながら、ドレイクの胸に拳を握って押し付ける。
「らしくないじゃないか。お前さん、あんな小僧に言い負ける玉じゃないだろう?」
「あんなぁ〜いくらあたしでも……あーちゃんの前で、あぁ何度も娼婦呼ばわりされたらイヤなん」
「んあぁ? お前さんは、娼婦じゃないだろう? そもそもお前さん、男との経験はまだ……」
「ちょっ、ちょっと待ったぁ!」
アルフィーが叫びながら、ドレイクの股間に見事な膝蹴りを二度入れる。
思わず我が股間を抑えて「Oh…」とハモる男性陣。
そこの痛みは、見ているだけでリンクスタートするものなのだ。
「ぬぅぉぉっぉあぁぁぁああッ!」
「ハァ……ハァ……旦那、あんたアホなのっ!?」
悶絶する屈強な戦士に容赦のないケリを入れる白毛の戦士を見て、俺は軽い戦慄を覚えた。
こいつはやっぱり、怒らせてはいけない部類の人種なのだ、と。
次回、いよいよ開戦です。
長かった。(笑)




