鈴屋さんと大英雄っ!〈2〉
英雄編の二話です。
まだまだ導入って感じです。
正午もすぎる頃、港は傭兵や冒険者でいっぱいだった。
よく見ると衛兵や騎士の姿もあり、今一度、ことの大きさを再認識させられる。
俺たちはなるべく最前列まで進み、説明が始まるのを雑談を交えながら待っていた。
こうしてる間も、目前の海にあの化け物がいるのかと思うと、やはり恐ろしく感じる。
これから明日明後日という短期間で、これだけの人数をまとめ上げながら、討伐の作戦を立てることなど果たして可能なのだろうか。少なくとも、俺達のような冒険者風情には無理な話だろう。
「いよぅ〜ロメオ」
不意に陽気な声をかけられる。
確認するまでもない。褐色アフロの傭兵シェリーさんだ。
相変わらずの緊張感のなさだが、今はそれがとても頼もしく思える。
「よぅ。窮鼠の傭兵団も参加するんだってな」
シェリーさんは煙草を吹かしながら、にかぁと笑みを浮かべる。
「あぁ〜。レーナを守るっていう盟約もあるしねぇ。なによりも、あたしらの家をぶっ壊したあの化物を放ってはおけないねぇ」
「本当に災難だったな。全軍連れてきたのか?」
「まさかぁ? 部隊長と精鋭を十数人って感じさぁ」
煙を吐き出しながら、海の方を睨むようにしてみる。その目は一瞬、笑っていないようだった。
しかしすぐに先程の笑顔に戻り、今度はアルフィーへと視線を泳がせる。
「シェリーの姉御、あたし……」
「あぁ、いいよ?」
怖ず怖ずと何か言おうとしたアルフィーに、シェリーがニカッと笑う。
そして、ふわふわしたアルフィーの白い髪を、ひと撫でした。
「あねごぅ〜」
アルフィーはうっすら涙を浮かべ、今度は俺の顔を見上げてきた。
いや、今のやり取りで何を読み取れと……
「すまん、まったくわからん」
「……あぁ? ロメオは相変わらず鈍いねぇ。こいつは今回、あんたのそばに居たいって言ってるんだよ」
「へ? いやいや、わかるわけないし。ていうか、いいのかよ? 第三部隊はどうすんだよ?」
「んなもん、なんとでもなるよ。あんまり、あたしらのことを見くびらないでほしいね」
そうはっきりと言われたら、そんなものなのかと納得するしかない。
まぁ、俺としてはアルフィーがいてくれると心強いのは事実だ。
やはり壁と回復はパーティの要なのだ。今更失う訳にもいかない。
そうこうしているうちに、場に動きが出てきた。
騎士隊長風の男がガチャガチャと高そうな鎧を鳴らしながら、十人ほどの騎士を引き連れて現れたのだ。
「これより、海竜ダライアス大討伐作戦の説明を始める!」
先頭を歩いていた騎士隊長風の男が言う。
いかにも優男といった整った顔立ちに、肩まで伸ばされた銀髪が美しい。
年齢は二十歳くらいだろう。
鏡のように磨かれたフルプレートアーマーに、美しい装飾のグレートソード。
どれも魔法の品のようだ。
見た感じ、ヒロイックファンタジーにおける、ど定番の主役キャラと言えよう。
そして、俺と鈴屋さんだけは驚きを隠せなかった。
その優男は昨夜、鈴屋さんを口説いていたセルヴィス卿エメリッヒに間違いなかったからだ。
「明後日、赤い満月の夜にダライアスが再び現れることが予測されている。その時を決戦日とし、大討伐作戦を決行する。これより全ての作戦の指揮は、『騎士英雄』の称号を持つこのエメリッヒが行う!」
騎士英雄? と首を傾げ鈴屋さんの方を見る。
しかし鈴屋さんも知らないようで、水色の瞳を細めるようにしながら軽く首を傾げて返した。
「あーちゃん、あんね……」
アルフィーが声を殺しながら、耳元に薄いピンクの唇を近づけてくる。
なんかドキドキしてしまうのは仕方のない事だ、と心の中で自己弁護しておこう。
「あいつねぇ、前に街道沿いで悪さしてたグリフォン『ビオル』を単独で討伐してぇ、その首を持ち帰ってぇ、領主様から『騎士英雄』の称号をもらったんよ。レーナにいる唯一の英雄だって有名なんよ?」
ほへぇ~あいつ強いのか、と感心していると、ハチ子がちょいちょいとマフラーの端を引っ張ってくる。
そして、なぜか少しあきれ顔だ。
「あのですね…それ倒したの、アーク殿ですよ?」
「えぇっ!?」
思わず俺とアルフィーは、静まる港で大声を上げてしまった。
当たり前のように一瞬で注目を集め、たまらず引きつった笑みを浮かべながら頭を下げる。
話の腰を折られたエメリッヒは俺を睨みつけると、軽く舌打ちしてから、再び説明を続けた。今ので、昨夜のお邪魔虫だと間違いなく気づいたはずだ。
完全に敵認識されたな、これは……いや、それよりも……
「俺ってなにっ!? どういうこと?」
「あー君。ほら、あれじゃない? ハーピーのタマゴの……」
ハーピー……あれか、崖から落ちた時の……
思い出したくもない恐怖と痛みだ。
確かにあの時、俺はグリフォンを倒している。
もっと正確に言えば、ほぼハチ子が倒しているんだけども。
「えぇっと……あれ、ただのグリフォンじゃないの?」
「私も後から知ったのですが、冒険者ギルドでは『ビオル』という討伐名称がついたグリフォンだったようですね。つまり、通常のグリフォンとは段違いの強さです」
開いた口が塞がらないとは、このことだった。
あの時、俺は怪我の治療を急ぐあまりグリフォン討伐の証拠を持ち帰っておらず、結果的にたまごの報酬しか貰っていなかったのだ。
「あぁ……じゃあ……それ、倒したのは俺たちだ……」
なんとも自覚のもてない、後味の悪い真実だ。
俺と鈴屋さんは、呆けたような表情のままである。
しかしアルフィーだけは少し違い、何故か嬉しそうに俺の顔を見上げてきていた。
「あーちゃん、やっぱりすごいん〜」
「いや、アレはまぁ……ハチ子さんと一緒に倒したんだけど」
「うん、そんでもやっぱり強いん。まぁ、あの騎士英雄はなぁ、他にもレーナで貴族ばかり狙ったキャットテイル怪盗団をこらしめたとかぁ、いろいろと功績があるんよ」
「いえ、それもアーク殿です」
「……へ?」
アルフィーが目を丸くして、俺を見上げてくる。
俺達だって驚いているし、どう反応していいか困るばかりだ。
「じゃあ、あいつって……」
アルフィーが引きつった笑みを浮かべる。
いつの間にか、俺たちの明るみに出ない手柄を持っていかれていたのだろう。
だとしても、今それを明かして何になるのかって話だ。
「まぁ、今さらそれを話しても仕方ないさ。とりあえず黙っとこうぜ」
俺は苦笑しながら、不満気な表情を浮かべる仲間たちをなだめるように言うと、エメリッヒの説明を聞くことにした。
エメリッヒくんとも、一悶着ありそうな雰囲気です。




