鈴屋さんと大英雄っ!〈1〉
お待たせしました。
少し大きめの話の始まりです。
通りはすぐに大きな騒ぎとなった。
俺は鈴屋さんの召喚した風の精霊の力で空を飛び、いち早く港に降り立っていた。
その惨状を見れば、何が起きたのかは一目瞭然だ。
いくつかの帆船が地上に打ち上げられ、逆に地上にあったであろう資材や日常品が綺麗になくなっていて、いまだ黒くうねる荒波の中に散乱している。
おそらくは、小規模な津波があったのだろう。
人々は大声で何かを喚き散らし、悲鳴にも似た声が所々から聞こえてきていた。
「あー君……」
鈴屋さんが真っ青な顔色をして、震える手で沖の方を指をさす。そこには巨大な竜のような影が見えていた。
竜はゆっくりと天を仰ぐと、静かに海中へと消えていく。
「海竜ダライアス……」
誰かが、そうつぶやいた。やがてそれは、伝染していくかのように広がっていき、最後には絶望ともとれる悲鳴へと変わっていった。
「このタイミングできたってのか、伝説の海竜とやらが……」
自分でも声が震えているのがわかった。
……ワイバーンなどとは比較にならない……あれが竜……あんな化物、個人で討伐などできないだろう……
「鈴屋さんの大召喚で何とかならないかな?」
しかし美しいエルフ少女は首を横に振る。
「無理だよ、あんな大きな生き物。ティアマトを召喚して津波を起こしても、海中に潜られたら意味ないだろうし……雷系の大精霊でも呼べればいいのかもしれないけど、わたし雷系の大精霊なんて召喚できないもん」
ボス戦決戦兵器の、属性不一致ってやつだ。これでは鈴屋さんにお任せ、ともいかないだろう。
「とにかく、みんなの安否を確認しよう」
俺は鈴屋さんと共に、再び街中へと足を急がせた。
一夜明けた朝、レーナの町は未だ混乱の只中にあった。
港での人命救助は手詰まりになりつつあり、不幸にも海に流された人は助けるすべがなくなっていた。今もいくつかの船が流された人の捜索をしているが、いつまた海竜が現れるか分からないため、沖にまでは出れないのだ。
この街の住人は、誰も眠っていないだろう。みなが片付けなどを含めて、できることをやっている。
俺たち冒険者は、とりあえず宿に戻り今後のことを話し合っていた。
ほとぼりが冷めるまで街を出ていくと判断する者もいれば、あれを討伐できるのか否かで話し合っている者もいる。
碧の月亭でもそれは同じで、全ての席が冒険者で埋まり話し合いが行われていた。
我らが円卓でも会議は行われている。
この円卓を囲う冒険者は俺と鈴屋さん、ハチ子にアルフィー、ラスターの五人だ。
幸いにも俺の知り合いは、みな無事だった。
ラット・シーの被害は甚大だが、もともと住人のほとんどが出店に出払っていたこともあり、人命においては無事だったようだ。
海上デッキは、そのほとんどが破壊されてしまったが、傭兵団らしい統率で手早くキャンプを張り、すでに仮設で居住区を確保している。
逞しい彼らの事だ。
きっとすぐに、海上デッキを元通りにしてしまうだろう。
「さて、これからどうするんだい?」
ラスターが腕を組んで目を閉じたまま聞いてくる。
この場になぜラスターだけいるのか、と疑問に感じそうだが、どうやらフェリシモさんの指示らしい。代表として送りつけてきたのだ。
「お前らはどうすんの?」
「どう……とは?」
「ここから出ていくのか、残るのか。残るなら、あれと戦うことになるかもしれないけど」
「……戦う? あれと?」
皮肉めいた笑顔だ。
やれやれ、冗談だろと、手を広げて上に持ち上げる。
「あれはもはや、国家が動くほどの大討伐だよ。俺たちがどうこうできるような相手じゃない。正気の沙汰とは思えないな。君はあれとやり合うつもりなのかい?」
「それを話し合ってるんだろ。ハチ子さんは?」
「私はアーク殿に従います。逃げるも戦うも一緒です」
予想通りの答えで安心する。
もちろん鈴屋さんも同意見のようだ。うんうんと頷いてくれている。
「アルフィーは?」
白毛の女戦士は頬張っていた肉を飲み込むと、頭を軽くかいて返答をつまらせる。
「ん~~あたしらはレーナに住まわせてもらってるかわりに、この街を守るっていう暗黙の義務があるんよねぇ。だから窮鼠の傭兵団は大討伐に参加するだろうし、あたし自体は自分の部隊を指揮しなくちゃいけないんよ」
つまり行動は共にできない、ということだろう。
「ごめんね、あーちゃん。でもできる限りあーちゃんのそばにいるつもりなんよ。どうせ、あたしんちも流されちゃったしね」
そうか……昨日行ったばかりのあの部屋はもうないのか。
そう考えると言葉にできない情動が生まれ、胸の内が苦しく感じた。
「あぁ、とりあえずここに泊まればいいさ。というか、それなら話は早いぜ。俺達も大討伐に参加しよう」
その言葉に、アルフィーとラスターが驚きの声を上げる。
「あーちゃん、本気なん?」
「ラット・シーは、家族を見捨てないんだろ? 俺もそれくらいの恩義は感じてるぜ?」
「相手はあの化け物なんよ?」
黙って頷く。
鈴屋さんとハチ子も、笑顔で答えてくれていた。
たしかに伝説の海竜は、この街を壊滅させかねないほどの化け物だ。
だがそれでも俺は、意見を変えるつもりはなかった。
この街を見捨てるなどという選択肢は、最初から無いのだ。
「あーちゃん、本気で惚れ直したんよぅ~」
「カカカ…、まぁ、そういうことだ」
涙目のアルフィーの頭を、ぽんぽんと叩く。
「……君は、本当に馬鹿なんだな」
「悪ぃかよ。で、お前らはどうすんだ?」
ラスターがあきらめたかのように首を小さくふると、深い溜息を吐く。
「姉さんからはこう言われている。私は手伝わない。ただ君が大討伐に参加するようなら、シメオネと共に手伝ってこい、と」
「おぉ、さすがフェリシモの姉さん。たまにデレるね」
「デレ……る?」
ラスターが首をかしげる。
いやむしろその意味は知らないでいい。
あの姉さんに伝わったら、後ろから刺されかねない。
「あー君、あの人はデレないよ。どこかに利害があるんだよ?」
「あぁ、わかってるよ」
苦笑する。それでも有難いものは有難いのだ。
ラスターとシメオネの戦闘能力の高さは、大きな戦力となるはずだ。
「じゃあ、俺たちは大討伐に参戦だ。アルフィーは、俺と窮鼠の傭兵団との橋渡しになってもらうぜ?」
「もちろん。それは、シェリーの姉御にも言われてるん」
「流石だねぇ。そうと決まれば、今日の昼過ぎに、港で大討伐参加者に対して何らかの説明があるらしいから、とりあえずそれに行こうぜ」
俺がそう言うと、頼もしい仲間たちがこくりと頷いて見せた。
しかしあれとどう戦うかなど、この時の俺は考えてもいなかった。




