鈴屋さんとお祭っ!〈4〉
連休中にいっぱい書くつもりが、いっぱい休んでしまいました。(笑)
せめて連休明けに、ウルトラライトな鈴屋さんをどうぞ。
ラット・シーの出店は、主に街の南側に集中していた。
俺はアルフィーを出店エリアまで送り届けると、鈴屋さんたちが待っているであろう港の方へと足早に向かう。
しかし、この人混みときたらどうだ。屋根の上を移動したほうが、よほど快適だろう。
そんな喧騒と人の流れをかき分け、うねりに飲み込まれないようにしながら、やっとの思いで路地裏へと抜け出す。
そこには、まるで俺が来ることをわかっていたかのように、暗い紺色の髪をした女性が待っていた。
凛とした表情に、美しい蝶の絵が描かれた浴衣がよく似合う。
もう、どう見ても日本人にしか見えない。
「アーク殿」
路地裏の壁に背を預け、ひとり寂しそうに待っていたハチ子が、甘えるような表情を見せて瞳を潤わせていく。
「一人でどうしたの? 鈴屋さんは?」
鈴屋さん達と待ち合わせていたのは、港の通りにあるお店のはずだ。
わざわざ迎えに来たのだろうかと、首をかしげてみる。
「いえ、ここは私の番なので」
「番? 番ってなんの?」
さっぱり言葉の意図が読み取れず、思わず聞き返してしまう。
「あのですね……先日、鈴屋から提案がありまして……アーク殿は、きっとみなで一緒に行動をするだろうと……」
「あぁ、うん。まぁ、そのつもりだったけど」
「それで鈴屋がですね、アルフィーと、私と、鈴屋の順で、二人きりになれる時間をつくらないかと、提案をしてきたのです」
こちらの様子を窺っているのか、言葉を選ぶように区切りながら話してくる。
どうやら俺には最初から「みんなと仲良く過ごす」なんていう、ヘタレな選択肢はなかったようだ。
しかも修羅場回避ルートまで確保しておいてくれるなんて……できた女房ですか、鈴屋さん。
「えっと……じゃあ、さっきのは最初からアルフィーと二人きりになる予定だったってこと?」
「はい。騙しているようで心苦しかったのですが、捜し物を理由にアルフィーの部屋へ行くというシナリオでした」
なんだよ、マジかよ、すっかり騙されたぞ、俺は。
どうりで、お目当ての羊皮紙がなかなか見つからないはずだ。
最初から探す気なんてなかったんだからな。
「……怒っていますか?」
いくらか罪悪感を感じているのだろう。やや沈んだ顔つきになっている。
この三人の中で、おそらく君が一番真面目ですよ、ハチ子さん。
「んにゃ、全然怒ってないよ。怒る要素なんてないし」
「だとよいのですが……あの……アーク殿」
ハチ子が言いづらそうに視線をそらす。
「何もされませんでしたか?」
「なに?」
思わず聞き返す。
何かされ……そうか、アルフィーにってことか。
「いや、何をされるって言うんだよ?」
「仮にも女性の部屋で二人きり……しかも、あのアルフィーと……」
ハチ子は複雑な表情を浮かべて、真剣な眼差しを向けてくる。
俺はむしろ、あのアルフィー相手に何を心配するというのか問いたい気分だ。
「そんなもん、何もあるわけないだろ?」
そして苦笑する。
いやほんと、心配性のハチ子らしい杞憂ってやつだ。
「しかしアルフィーは、とても積極的です」
「たしかにそうだけどよ……俺からすれば、ハチ子さんもけっこう積極的だと思うぜ?」
「わっ、私はそんなこと!」
「いやでもさ、ほら、昔はよく俺の腕にしがみついてきたりしてなかったっけ?」
「それは任務半分ですっ! 今はそんなことできませんっ!」
えらい剣幕で真っ赤になって否定する浴衣美人に、俺は萌えずにはいられない。
そう言われてみれば、たしかに最近はべたべたしてこなくなった気がする。
「なんで前はできたのに、今はできないの?」
「それは……」
そして、なぜかすごく残念そうに溜め息をひとつ。
アレだ。鈴屋さんがよくする、呆れてるってやつだ。
「えぇっと、もしかして女心ってやつ?」
「……もう、いいです」
ハチ子は項垂れながら首を小さく横に振り、するりと腕を絡ませてくる。
一方の俺はというと、ハチ子の言葉と行動に繋がりが感じられず、混乱するばかりだった。
「あぁ~、ハチ子さん?」
「アーク殿、できれば何も聞かないでください」
そう言われてしまうと、本当に何も聞けない。
もしかしたら本当にグレイのほうが、女心を理解しているのではと思ってしまう。
「せっかくだし、出店でも見ていくか?」
「はい、ぜひに……」
そして今度は、どこか嬉しそうだ。
本人が嬉しいのならいいことなのだろうと、半ば無理やりに自分を納得させて、再び出店のある通りにもどる。
しかし通りは先ほどよりも人混みが増していて、最早この流れに身をゆだねるしか移動する術がなさそうだった。
例えるならそれは、通勤ラッシュの山手線だ。
「ひでぇな、こりゃ。ハチ子さん、大丈夫?」
ハチ子はしっかりと腕にしがみつきながらも、俺の胸に顔を埋める形となっていた。
そして呼吸をするために、ぐいぐいと額を押し当てながら上へ上へと移動し、ぷはっと顔をあげてくる。
「……ふぁっ、息が……あぁく、どの……足が……」
「足?」
「足が、地面についてないんです」
つまりサンドイッチ状態で浮いてしまっているのだろう。
「あぁ~満員電車あるあるだね」
「なんですか、それは……」
そう言いながらも、さらに体をぐいぐいと動かしながら這い上がってくる。
もう立つことを、あきらめたのだろう。
そして……
「あのぅ。ハチ子さん?」
「…………」
ハチ子は腕を組むこともあきらめ、代わりに俺の首へと両手をまわしてきたのだ。
今や密着度は二百パーセントである。
「もんのすごぃ情熱的な抱擁でして……ところにより鼻血の雨が降るでひょぅ」
「き、緊急事態ですっ!」
「さっき、今はもうできないって言ってなかった?」
「緊急事態なんですって!」
そんな苺よりも真っ赤になって言われると、やべぇ可愛いッスしか浮かばないじゃないか、やべぇ可愛いッス!
「恥ずかしすぎてシニタイ……」
とどめのような可愛いつぶやきに、俺は気持ちまでも流されてしまいそうだった。
次回は鈴屋さんの番ですね。




