鈴屋さんとお祭っ!〈3〉
GW10連休とれる方はおめでとうございます。
とれない方は私と同士でございます。
そんな連休の初日は、喫茶店でモーニングを頼む感覚で、ウルトラライトな鈴屋さんでもどうぞ。
赤い満月の夜に、海竜祭のメインイベント『鎮魂の儀』が行われる。
三日前に当たる今夜は、意味合い的に前夜祭といえよう。
港沿いにびっしりと並んでいる出店の数は相当なもので、俺の記憶に残っている日本のお祭と比べて、規模も人混みも遥かに凌ぐものがあった。
多種多様な種族がそろう港町で、四年に一度行われるお祭だ。
当然いえば、当然だろう。
このお祭を目当てでやってくる旅人や行商も多く、飛び交う言語がいつも以上に入り乱れている。
そんな中でも、こいつはレーナの住人だと見分ける方法がいくつかある。
一番わかり易いのは“浴衣”の着用だ。
ここ三週間ほど宣伝を兼ねて、窮鼠の傭兵団第三部隊の副業でもある『白鼠宅急便』の制服に採用しておいたおかげで、今や“浴衣”は立派なトレンドとなり、レーナ住人に飛ぶように売れているのだ。
ラット・シーの住人たちもフル稼働で生産し続けていて、相当な特需となっているようだ。
おかげさまで、ラット・シーでの俺の株も高騰していて、「さすがはアークさん!」と称える言葉だけでなく、「アルフィーを、ぜひよろしく!」と無理矢理に縁談を進めようとする声まで聞こえていた。
そんな縁談話の中心人物である俺とアルフィーは、お祭の喧騒から遠く離れたラット・シーにいた。
何でも出店で行う次の仕込みの指示書を忘れたとかで、それを取りに二人で戻ってきたのである。
「ん〜ないん〜。どこ置いたんよ〜」
アルフィーがブツブツとぼやきながら、カゴに突っ込まれた羊皮紙を乱暴に開けていく。
「お前なぁ……いくらなんでも、片付けなさすぎだろ」
「これでも、ラット・シーじゃ綺麗なほうなん〜。あーちゃんさぁ、人の部屋に向かって、ちぃとばかし失礼と思うんよ?」
「えぇっ……ここ、倉庫じゃないのかよ?」
「あんなぁ……ここ、私の家なん」
不満気に少しだけ口を尖らて、睨むようにして振り向く。
ラット・シーに清潔、整理整頓、真新しい、などといった単語を求めてはいけない。
もちろん、それを忘れていたわけではないのだが、これが年頃の女子の部屋かと思うとほんの少しショックを受ける。
「1DKって、なかなか苦労してんだな」
「言ってる意味が、わかんないん。生活するには、これで十分なんよ」
「逞しいねぇ……探すの、俺も手伝おうか?」
「あぁ〜うん、お願い。あーちゃんはこの辺、あたしは奥探すん〜」
もはやジャングルの中を進むかのように、荷物をかき分けていく。
……というか、ダイナミックに身を乗り出しすぎだろ。ミニスカート丈の浴衣でそんなことするとだな……
「あの……さ、お前、さすがにそれは……」
「……それ?」
「無防備すぎるって言ってるんだよ、どあほう」
まさか、まじまじと見るわけにもいかず、思い切り目をそらす。
ついでに「どこのエロゲのイベントだよ!」と、ツッコミを入れたいところだ。
「あーちゃんなら、別にいいんよ〜」
訂正、どこのエロゲの嫁イベントだよ!
「お前ね……仮にも嫁入り前の娘なんだからさ」
「そんなん、あーちゃんに嫁入りすればいいだけなん」
……おぃ、やめろ。その曇りなき眼で不思議そうに見つめてくるんじゃない。
なぜそんなことを、さも当然のように言えるのだ。
俺はこれ以上相手にしては分が悪いと感じ、手元の布をかき分けていく。
ほどなくして、かき分けていた布が何なのか理解してしまう。
「あのぅ、アルフィーさん……」
「今度は、なんなん〜?」
「この布の山、かなりの確率で下着が混ざってるんスけど……」
「あーちゃんなら、別にいいんよ〜」
……こいつ、わざとだな……
「あのさ……アルフィー。お前、それなり可愛いんだから、そんなに自分を安売りしないで、ちゃんとした相手探せよ」
そこでアルフィーが、ピクリと体を小さく震わせて動きを止める。
そして、睨むようにしながら振り向いた。
「ちゃんとしたって何なん? あーちゃん、ちゃんとしてると思うけど?」
「いや、そんなことないだろうよ。そもそも素性だって怪しいんだぜ、俺は」
しかしアルフィーは不機嫌そうに、ため息を吐くだけだった。
「あーちゃん、あんなぁ……あたしの両親、誰だかわからないんよ」
「……え?」
「少し前のラット・シーはなぁ……ハッチィの言ってた通りなんよ。強い男と女で、バンバン種付ける風習があったん。あたしもなぁ、戦場で産まれて、シェリーの姉御に育てられててなぁ、親とか知らないんよ」
これは地雷だったかと、返す言葉に詰まってしまう。
「ちゃんとしてるかどうかで言えば、戦場で産まれて戦場で育ったあたしのほうが、よっぽどちゃんとしてないと思うんよ?」
「それは……ごめん、そんなことはない。アルフィーは、アルフィーだ。生まれとか育ちは関係ないな」
「あーちゃん、あんなぁ〜」
アルフィーが荷物をかき分けて目の前まで来ると、細い腰に手を当てて俺の目を覗き込んでくる。
「あたし、そんなに尻軽に見える?」
「……いや……」
「あーちゃん以外に、気ぃ許してるように見える?」
「……見えないです」
そしてため息をひとつし、俺の両頬を両の手で挟み込んでくる。
そのあまりの近さに、息遣いが伝ってきそうだった。
「あたしだってなぁ、そう簡単に鈴やんやハッチィに敵うとは思ってないんよ。そんでも、女としては見てほしいんよ?」
「……ふ、ふぁい」
「あたし、魅力ない?」
「ありまふ」
アルフィーは、そこでようやく俺のことを開放してくれた。
そして視線をそらせながら、白い髪の毛を指先でくるくると巻いていく。
「わかればいいんよ」
ほんのりと頬を朱に染め上げて、そう頷くのだ。
あぁ……まぁ、うん。
そういう一面は可愛らしいといえば可愛らしいのだが……
「だからと言って、下着の山はどうかと思うぞ」
せめての反撃をするが、アルフィーは涼しい顔でさらりと受け流す。
「気に入ったのあったら、ひとつくらい持っていってもいいんよ?」
顔を熱くして「馬鹿言ってんじゃねぇ!」と叫ぶ俺に、アルフィーは楽しそうに笑い返すのだ。
大変な話に入る予定でしたが、とりあえずそれぞれのお祭を堪能することにしましたので、大変な話は数話先になりそうです。