鈴屋さんとお祭っ!〈2〉
あまり進みませんでしたが更新です。
お祭まで後すこし。
海竜祭まであと二十日と迫った昼下がり、俺は自室の椅子にドカッと座り、腕を組んで扉の方を凝視していた。
その眼差しはさながら、これからアイドルのオーディションを行う審査員のごとく真剣そのものだ。
……オーライ、クールにいこう……
もはや、どこかで読んだ漫画の台詞による自己暗示だが、精神抵抗を上げるバフの効果があると信じたい。
心の奥底は冷静に凪を保っている。それもこれも、これから起こるイベントに備えての事だ。
そうして待っていると、やがて扉がコンコンとノックされた。
「あー君、いるの?」
さぁきたぞ、試練の時だ。
俺は決して同じ轍は踏まない。あの時と同じ過ちは繰り返さない。
すぅ、と呼吸を一度大きく吸いこんで、ゆっくりと肺から送り出す。
そして、できるだけ肩の力を抜いて自然に答えてみせた。
「いるよ〜」
すると木製の扉が、ガチャリと小さな音をたて、ゆっくりと開かれていった。
最初におずおずと入ってきたのは、ハチ子だった。どうやら、鈴屋さんに背中を押されているらしい。
いや、それよりも、だ。問題はそんなことではない。
俺はその姿を見て、思わず感嘆の溜め息をもらしてしまっていた。
「おぉ……いぃ……」
「ふぁっ!? ……そんな……」
ハチ子が僅かに頬を赤らめて視線をそらす。
いやしかし、いいものはいいのだ。
なぜならそこには、黒い生地に美しい蝶の絵が描かれた、浴衣姿のハチ子が立っているのだから。
まさに大和撫子という言葉が相応しい、素敵が具現化したかのような存在だ。
「ハチ子さんが作ったの?」
「はい、一応さいしょの一着は……その後は、ラット・シーにお任せしてまして、これは試作中のものです」
着物や浴衣が存在しない、この世界の住人であるハチ子には、どこか気恥ずかしいものなのかもしれない。
それでも、これだけの物が作れるのだ。
もし現実世界にハチ子がいれば、ファッションデザイナーにでもなってたんじゃなかろうか。
「さすがは、ラット・シー製だなぁ……すごい完成度。ハチ子さん、もしかして知らない文化の服は恥ずかしい?」
「多少の戸惑いはありますが……これ、浴衣でしたか? とても美しくて、好ましいです」
「うん、よく似合ってるね」
凛とした美しさのあるハチ子が、少しはにかんで見せた。
もう立派な和美人だ。
そしてその背後から、ちらちらと様子をうかがうように現れたのは鈴屋さんである。
鈴屋さんは水色の髪を、それ自分でやったの? とツッコミを入れたくなるような複雑な巻き方で結い、白地に朝顔の花の絵が入った爽やかな浴衣に身を包んでいた。
「……どう……かな?」
少し視線をそらし、白く細い指先でうなじに触れる。
正直、それはもう言葉にならない美しさだ。
清楚可憐、純粋無垢、颯爽とし、気品すら感じる完璧な存在。女性の美ってぇのは決して露出度に比例するわけではないのだと、あらためて実感させられる。
「あー君?」
「や……え……っと……素敵です」
「ありがと……」
たちまち鈴屋さんも、頬を朱に染めあげる。
そして、どうやら俺は本当にやられているようだ。正直、胸の高鳴りが収まりそうにない。
もう一度、問いたい。君は本当にネカマなんだよね、と。
「すごいね、もう完璧に浴衣だよ。あんないい加減な設計図で、よく作れたな」
「一応、私が細かく説明したからね」
「そうだったのか。すごいな、鈴屋さん。そんな知識、どこで仕入れるんだよ」
「浴衣って可愛いから、どうやって着るのかなとか、前に色々調べたことがあるの」
どれほど勉強家なのだ。
その女子力の高さが努力の賜物だと思うと、涙ぐましいものがある。
「あーちゃん、あたしも入っていい?」
「あぁ〜なんだ、アルフィーも着たのかよ。正直、もうお腹いっぱいで今さらアルフィーの……どぅぇえい!?」
まったく期待する要素のない相手に、ちくしょう、俺の凪はあえなく崩された!
「あはぁん、あーちゃん、わかりやすすぎぃ〜」
いや、それは本当にごもっともで、返す言葉もない。
というか、言い訳させてほしい。
こいつの浴衣は、完全邪道な方向へのアレンジだ。そのセンスには驚嘆に値する。
「ほれ〜感想ぅ言ってみ? ねぇ、言ってみぃよぅ?」
こいつ、完全に俺のスケベ心を熟知してやがる。
アルフィーの浴衣姿はまさに邪道そのもの。
白い浴衣の下半身部分はミニスカートのように短く、惜しげもなく、その白い脚線をあらわにしている。
上は上で、メロンがはだけそうなほどゆるく着崩していて、両肩が完全に出てしまっていた。
「なぁなぁ、どうなん? どうなんよぅ〜?」
「お前は、なにか。俺の恥ずかしいフェチを、白日のもとに晒したいのか?」
「んふぅ〜あたしだってね、あーちゃんの視線の先ぐらい追いかけてるんよ」
やだ、なにそれ、ちょっと嬉しい。こいつほんとに何者なの。
「あー君、いま、今日いちで喜んでた……」
「アーク殿……それは、あんまりです。それならそうと言ってもらえれば、私だって……」
言って、ダガーで浴衣を切ろうとする。
「ちょ、待て待て、ハチ子さん、切らないでいいから!」
「今さらおそいん。今回はあたしが一番、あーちゃんを喜ばせたかんね〜」
それを即座に否定できない俺に対し、鈴屋さんとハチ子の追撃が行われたのは言うまでもない。
次回はお祭です。
大変なことが…




