鈴屋さんの憂鬱っ!〈3〉
ちょっと真面目なこの話は今回で終わりになります。
ワンドリンク推奨、まったりとお楽しみください。
南無さんの工房をあとにした俺は、久しぶりに始まりの場所でもある墓地へと足を運んでいた。
墓地の中心にはひときわ大きなモニュメントがあり、ゲーム内で死に帰りをするとこの前に転移をすることとなる。
あの日、俺と鈴屋さんはここに転移をした。あの頃は、もしかしたら俺たち以外にも転生者が現れるのではと思い、毎朝ここに足を運んでいたものだ。
……今や全くと言っていいほど来ていなかったのだが……
「けっこう色々あったな」
冷たい白大理石でできたモニュメントに手を当てて見上げる。その風体はまるで太陽を突き刺す巨大な剣先のようだ。
「一年半か……」
……あの状況で鈴屋さんがとる最初の一手……
「そりゃまぁ、見知らぬ土地に突然飛ばされたんだ。状況のすべてを把握していて、自分を守ってくれる男が目の前にいるんだから、まずはそこからネカマプレイをするよな」
最初はちゃんと、ネカマとしてみていたはずなのだが……本当に、さすがとしか言いようがない。
だがそれでも、全部が演技だとは思えないのだ。
何か察してほしそうにするあの表情も、時折見せるあの弱さも、すべてが計算だというのなら……そりゃあもうパーフェクトだ。
だからといって裏切られたとか、利用されたとは思わない。なぜなら鈴屋さんは最初からネカマだと公言していたわけで、その先は俺の問題であり責任となるはずである。
「元の世界に戻って聞いてやろうじゃないか。どういうつもりでいたのか……何を話したかったのかを……」
それがようやく見つけた、今の答えだった。
「いよう、色男」
思考の深海へと潜っていた俺を、聞き馴染みのある声が呼び戻す。
「これはまた、奇妙なところで会うねぇ」
褐色の肌をした真っ赤なアフロヘアーの女が、ぷかぁと煙をふかす。その口元には、なぜかタバコを二本くわえていた。
「シェリーさんこそ、なんでこんなところに? さすがにラット・シーの住人の墓が、ここにあるとは思えないぜ?」
いかにレーナの町が他種族に寛容的なほうだとはいえ、偏見や差別はそう簡単には消えないだろうし、そこまでの市民権は得ていないだろう。
シェリーさんは赤茶色の目を軽く細めて、もう一度煙をふかすと腰に手をあてながら答えた。
「戦友だよ、戦友。あたしにだって人間族の戦友くらい、いるんだよ」
「あぁ……まぁ、傭兵ならそういうこともあるか」
「まぁ、そういうこった」
そう言いながら咥えていたタバコのうちの一本をモニュメントの前に置くと、小さな瓶に入った酒をドバドバとぶっかける。
「豪快だなぁ」
「戦場での仲なんてそんなもんよ。むしろ、あたしにしては手厚い方だぜ?」
「カカ、違いない」
シェリーさんがニカッと笑う。
数多の戦場を生き抜いてきたラット・シーが誇る歴戦の傭兵王は、きっと壮絶な人生をたどってきていることだろう。それをおくびにも出さない強さの根源はなんなのだろうか。
「んだぁ〜その、いかにもナヤンデマスって顔は」
そしてお見通しである。
もうちょっとしたお母さんだな。
いや、こんなファンキーなお母さんがいたら、かなり怖いけど。
「いかにも悩んでますよ〜」
「らしくないねぇ、話してみな」
そして、この男前っぷりである。
この人、普通にモテそうだが結婚しないのだろうか。
「なんつぅか……親しい知人の“目を背けてた一面”を再認識させられて勝手に気まずいというか……どう接していいのか……」
「んだぁそりゃ、まったく話が見えてこないねぇ」
「……そうッスよね」
今の説明でアドバイスを貰おうとか、たしかに無理な話だ。自分のバカさ加減に、思わず頭をかいて苦笑する。
しかしそれでもシェリーさんは、考える素振りを見せてくれた。
「……んまぁ……んなもん、あれだ」
「あれ?」
「とりあえず、笑っとけばいいんだよ。気分をハッピーにしてな」
「それはまた、難しいことを言うねぇ」
「あぁん? 笑ってみせろよ、男なら。器ってのは、そうやって大きくするもんだぜ?」
シェリーさんはそう言って男らしく豪快に笑い、俺の背中をバンバンと叩くのだ。
俺はその強さに憧れにも似た感情を覚えながら、苦笑いを浮かべていた。
焼けた空が、港町を朱に染め上げる。もうじき月も呼び起こされる時間だ。
墓場を去り喧騒に沸き立つ碧の月亭へと戻った俺は、いつものテーブルへと目を向けた。
そこには水色の髪を柔らかく結って、左肩から前へとかけている鈴屋さんが座っていた。その風体は白いワンピースと相まって、清楚かつ可憐の一言につきる。
隣には鈴屋さんと対極するような黒いワンピース姿のハチ子が座っている。例のドロップアイテムなのだろうが、普段も着れると考えると、なんと実用的なのだろう。
その丈の短さも特筆すべきところで、ハチ子のしなやかな美脚を際立たせる形となっている。ハチ子は日に日に綺麗になっているような気がする。
その対面では、ゆるめの白いシャツに赤色のショートパンツを履いたアルフィーが仏頂面でジョッキを傾けていた。珍しく肉を食っていないが、どうしたのだろう。
「あー君、遅い!」
鈴屋さんは俺を見つけるなり、ホットミルクが入っているであろうマグカップに口をつけながら、抗議の声をあげてきた。
「なにしてたの! 食べずに待ってたんだからね!」
小さな唇を尖らせる様もまとめて可愛いのだが……どうしよう、今日は素直に悶えられない俺がいる。
「あ〜ちゃんさぁ〜、あたしお腹空いた〜」
「あぁ……なるほど、アルフィーが食ってないのはそれが理由か」
苦笑しながらもカウンターで適当な料理とエール酒を頼み、我らが円卓につく。
あの白い毛の悪魔が暴れ出す前に、早く食い物を届けてくれと心の奥底で願わずにはいられない。
「すまね、色々用事を済ませてきた。先に始めてくれてれば、よかったのに」
「あたしはそう言うたんよ〜でも鈴やんとハッチィがぁ〜」
「私はアーク殿が帰るまで待つので、お先にどうぞと言っただけです」
「……ハチ子さんにそう言われたら、私も待つしかないし」
今一度、なるほど……と状況を把握する。
「あぁ〜それは悪いことしたな。待っててくれてありがとう。んで、模擬戦の結果は?」
ハチ子とアルフィーが顔を見合わせる。
そして、にんまりと笑みをこぼしたのはハチ子の方だった。
「アーク殿ぅ〜〜わたくし、アルフィーのパリィを抜いたんですよ♪」
「うぇい? まじでっ?」
ハチ子はこくりと頷くと、よほど嬉しいのか思わず頬に紅を差していく。
正直あのパリィを抜ける人間が、この世にいるとは思ってもいなかったので驚きを隠し切れない。
アルフィーはアルフィーで、右手のジョッキを握ったまま、悔しそうにテーブルをバンバンと叩き出す。
「途中までは完封してたんっ! だいたい、そのワンピースが反則なんっ!」
「お……? ワンピース、なんか効力あったの?」
「はい。正式な鑑定名はフロム・ダークネスという防具です。闇の精霊の力を借りられて、その効果は……ヒミツにしておきますね」
ハチ子がわずかに首を傾げて、いたずらっぽく笑う。
「えぇ!? 教えてくれよ!」
しかしハチ子は首を横に振る。
ちなみに、ものすごく楽しそうである。
「だめです♪ ヒミツです♪」
「ちょ、そんな……鈴屋さん!」
「楽しみにしてれば、いいんじゃないかな?」
「アルフィー、教えてくれよ」
「……実際にくらえばいいと思うんよ?」
「くらうの? それ、おれ死なない? 大丈夫なの?」
涙目で懇願するも、誰一人答えてくれないのはなぜなのだ。
見かねて、小さい溜め息をついたのは鈴屋さんだった。
「大丈夫だよ、あー君。それ自体に攻撃能力はないから」
「いやいやいやいや、意味わかんないッス!」
「アーク殿、優しくしてさしあげますね」
「優しくってナニっ!?」
「優しく……あー君に何をするつもりなのかな?」
しかしハチ子は、やはり楽し気に笑顔を見せるだけで、それ以上は教えてくれないのであった。
次回はお気楽で楽しい話…の予定です。




