鈴屋さんの憂鬱っ!〈2〉
ネカマの鈴屋さんです。
鈴屋さんはネカマです。
短めですので、ワンドリンク片手にさらっとどうぞ。
一瞬でも沈黙が生まれると、それは肯定しているようなものだ。
そうだと知っているからこそ答えに詰まり、思考が空転し、頭の中が真っ白になっていく。
「なに……馬鹿なこと言って……」
ようやく絞りでた言葉がそれだった。我ながら間抜けな返答だ。
そんな、もっともらしい言葉すら並べられずにいる俺を、南無さんはもちろん逃してはくれない。
「じゃあ聞くけど……あんた、元の世界にもどっても鈴ちゃんのことを好きでいられるの?」
「……そりゃあ……」
「中身が男でも? とんでもないおじさんとかだったらどうするの?」
「……いや、まぁ……それなら肩を組んで飲みにでも……」
「もう一度聞くわよ。あんた、鈴ちゃんのことが好きなのよね?」
返事ができない。
好ましく思っているのは確かだ。
でも男ならと問われると、やはりそれとは違う感情になるはずだ。
「あんたさぁ、鈴ちゃんはリアルも女だ……なんて、どっかで楽観的に思ってたりしないわよね?」
トドメに近い言葉だった。
そこまで言われれば、俺だって目を逸らしきれない。
少し前なら、鈴屋さんがもしも男だったら「流石だぜ、すっかり翻弄されちまったよ」と笑い飛ばして飲みにでも行けたかもしれない。
でも今は、この世界での鈴屋さんを本当に好きになってしまっている。
正直、リアルが男だったらなんて考えたくない。
だから俺は無意識のうちに「リアルも女だ」と、自分都合で決めつけていた。
しかしそんなものは、答えを先送りにするための現実逃避に他ならない。
もし元の世界に戻っても、鈴屋さんはきっと「可愛らしい女の子」だ。
もし元の世界に戻れなくても、鈴屋さんは「可愛らしい女の子のまま」だ。
なんて自己中心的な考えなのだ。
事実を知ることを恐れて、前に進めないでいた俺が作り出した妄想は、思っていた以上に病んでいたようだ。
「私、鈴ちゃんのことは友人として大好きよ。でもリアルは……会える自信がないわ」
南無さんの表情が曇る。
友人として好きな人を悪く言っているようで、少なからず自己嫌悪に陥っているのだろう。
そんなことを言わせてしまっている、思わせてしまっている俺の罪は重くなるばかりだ。
「でもさ……なんつぅか……俺たちに見せているのは演技とかじゃなくてさ」
それでも、彼女のすべてが嘘だとは思えない俺がいた。
しかし南無さんの表情は複雑で、同情にも似たものだった。
「あんたを見ているとね、鈴ちゃんに惚れて貢がされていた男性プレイヤーを思い出すのよね」
「それは言いすぎだろ。どちらかと言えばあの頃、俺は鈴屋さんのネカマプレイを手伝っていたんだぜ? 彼女がすべてを話してくれていたのは、俺だけなんだし」
「あのね。悪い言い方だけど……この世界に来た時、鈴ちゃんが最初に利用すべき人は誰だかわかってる?」
「それは……」
あぁ、考えるまでもない……俺だ。
「あんたさ……完全にやられてない?」
「いや、でもよ……あれ、本当に演技なのか? 一年以上も演技しているってのか? そんなことできるのかよ、どっかでボロが出るだろ?」
「そうね。でも、あの子がネカマとして誰かを利用していたことも、完璧に男ウケのいい女を演じてきっていたことも事実よ」
言葉を返せない。
ロールの天才……それは、俺自信が鈴屋さんにつけた通り名だ。
そして南無さんの言う通り、彼女はゲームの中で、それを難なくやってのけていた。
「鈴ちゃんはきっと、これから先もリアルのことは濁し続ける。それで、あんたはどうすんの?」
「どうする……?」
「帰るの? 帰らないの?」
もしも鈴屋さんが本当にネカマなら……それでも俺は、元の世界に帰りたいと思えるのか?
ここにはハチ子もいる。シメオネやアルフィー、グレイだっている。
生活は不自由していない。
なんなら毎日が楽しく、満たされているといっていいだろう。
それでも俺は帰りたいのか?
帰ればハチ子には会えなくなるだろう。
鈴屋さんだって、本当にネカマならこのまま……
「元の世界に帰らないっていうのなら、ここで鈴ちゃんと結ばれる人生もアリなのかもね。それならそれで、そうしたいって鈴ちゃんに言うべきだと私は思うけどね」
「そんなこと言えるかよ」
なぜならば、鈴屋さんは元の世界への帰還を望んでいる……はずだ。
「じゃあ、ちゃんとその事実と向き合いなさい。じゃないと、いつまでもあんたは前に進めないわ」
南無さんはそう言って荷物を肩に担ぐと、厳しい表情のまま立ち上がる。
「悪かったわね……こんなこと言って。ただね、いつまでも夕闇で微睡んでいるあんたを見ていられなくなったのよ」
「いや……うん」
こんな損な役回りをしてまで、助言をしてくれるのは彼女くらいだろう。
それもあって今日は、南無の恰好のままなのだろうか。
「南無さんの言う通り、鈴屋さんはネカマだ。そのうえで、帰れるように気持ちをつくってみる」
「へぇ……帰る気あるんだ」
南無さんが意外そうに言う。
「まあ、約束しちまったからな。鈴屋さんとも、ハチ子さんとも……」
「そっか」
「それにさ、いくらなんでも“この世界でなら鈴屋さんは女なんだから、帰らないでいい”なんて選択肢は間違いだろうよ。それくらいは流石にわかるぜ」
「……ならいいんだけど……でも、だからといって、鈴ちゃんに冷たくしちゃだめよ?」
俺は静まる工房で「わかってるよ」と乾いた笑いで返すのだった。
次回は。かるく短い日常話をはさむ………予定です。(笑)




