鈴屋さんの憂鬱っ!〈1〉
短いお話になる予定ですが少し本題に触れていきます。
これからGW明けまで多忙極まりますが、大切なお話なのでしっかり書いていければいいなと思っています。
それでは「ネカマの鈴屋さん」、ワンドリンク片手にどうぞ。
遺跡探索を終えた俺たちは、レーナの町でしばし休息の日々を送っていた。
ハチ子は闇の精霊が宿ったワンピースの正式な鑑定をしてもらうために、月魔術学院に向かい、ついでに他の装備も整えるために商業区に行くそうだ。
その後は装備品の具合を確かめるために、アルフィーと模擬戦を行うらしい。
ちなみに鈴屋さんも同伴している。
そんな中、俺はというと南無邸にある薄暗い鍛冶工房にいた。
……正直、ハチ子とアルフィーの模擬戦は、ひじょぅぅうに興味があるのだが……
「んで……なんだよ、話って……」
木製の丸椅子に腰を下ろして、さも不満気に話してやる。
そう、俺は南無さんに呼びつけられていたのだ。
「朝っぱらから人を呼びつけるなら、せめて南無子になれよなぁ」
目の前で何やら荷物をまとめてるのは、髭でハゲで筋骨隆々なプリースト“破戒僧”南無さんだ。
どうみても、これから誰かを殺りに行こうとしている殺し屋である。
「私、これからまた少し出かけるから。その前に、聞いておきたいことがあったのよ」
真面目そうに話しているが、見た目は殺し屋だ。
女言葉で話しているが、声は野太い中年のおっさんだ。
これをふざけてないとすれば、俺はどういう姿勢で受け止めればいいと言うのだ。
「またですかい。それはなんですかい。また、あんまり深く聞かないでほしい系ですかい?」
南無さんは俺に一瞥をくれると、まとめた荷物を床にドンッと置いた。
いや、ほんとに殺されるんじゃないかと思ってしまうほどの迫力だ。
「そうね……今ここでなら、ある程度は話せるんだけど」
腰に手を当てて、薄暗い工房を見渡しながら小さくつぶやく。
どうやら、本気で真面目な話らしい。
「あのさぁ、南無さんさぁ……真面目な話っつうんなら、その含みたっぷりでなんか知ってるふうなの、がっつり突っ込んでいいのか?」
南無さんは肩を竦めるような素振りを見せると、対面にある木製の丸椅子に座る。
「だめ、質問は私から」
「……ほぼ尋問じゃねぇか」
「どう思ってもらっても構わないわ。さて、アーク。私たち、ここに来てどれくらい経ったかしら?」
ここにきてから……この世界には、時計やカレンダーがあるわけではないが……
「……そうだな……たぶん1年半くらい……か?」
「そうね……。あのね、私が言うのもなんだけど……あんたさぁ……帰る気、あるのよね?」
「前にも話した気がするけど、あるよ?」
「私には、そうは見えないんだけど……」
「なんだよ。今さらホームシックか?」
思わず苦笑する。
が、しかし……そう言えば、この坊主の中身は十五歳の少女だった。
むしろ、ホームシックにかからない方が可笑しい。
南無さんは足を組んで、手にあごをのせると、憂鬱そうにため息をつく。
「そういうんじゃないけど……あんたさ……どっかの転生系主人公みたいに、もとの世界のが嫌な人生で未練がないとか……なんか楽しいから、ここで一生を終えようとか……そんなこと考えてない?」
「いや、そんなことはない。ここを安住の地にしようだなんて……まぁ、少しは考えたこともあったけど……今は鈴屋さんやハチ子さんに、帰るって約束したからな」
「……じゃあさ、なんで王都に……もともとの仲間たちに会いに行かないのよ」
「もともとの仲間……?」
一瞬、思考が停止する。
仲間と言われて、鈴屋さんやハチ子、アルフィーの顔が最初に浮かんだからだ。
しかし南無さんが言ってるのはそういうことではない。
もといた世界で一緒に遊んでいた、ゲーム仲間のことを言っているのだろう。
「あぁ。だってそれは、ニンジャとサモナーの俺達が行くよりも、プリーストやウォリアーがいる、あいつらがこっちに来てくれた方が安全だろうし」
「鈴ちゃんに、そう言われたから?」
「まぁ、そうだけど……」
「今はもう、神官もいるわよね。私じゃなくても、アルフィーだっているわけだし」
「そうだけど……いやでもよ、今さら別に……」
そこまで口にして、なぜか心の中で警鐘が鳴った感覚を覚える。
なにかが引っかかって気持ち悪い……そんな感覚だ。
「それ、帰る気あるの?」
南無さんの言葉が、深く突き刺さる。
「そう言うけどよ……実際、帰るための当てというか、ヒントが全くないんだぜ? どこから、どう手を付ければいいのかも雲をつかむような状況でさ。俺達と同じ、アウトサイダーもいないし」
「あんた、色々違和感あるって言ってたわよね。例えばワイバーンの時の話」
「んまぁ、他にも違和感はたまに感じてるけど……」
「で、なにかアクションをおこした?」
「……いや……」
そこでもう一度、深い溜め息。
……たしかに……南無さんの言う通り、俺には帰る気なんてないのかもしれない……
帰らねばとは思っているはずなのに、なぜだろうと自問する。
しかし、答えはすぐには出なかった。
「じゃあ、質問を変えるわね。あんたさ、鈴ちゃんのこと、好き?」
「うぉい、いきなりだな」
「ちゃんと関係した話だから、答えてくれる?」
「ん……まぁ……はい」
「うん、わかってたけどね」
なんだその新手の意地悪は……と、頭を掻きむしる。
本当に中身は十五歳の少女なのか、怪しんでしまいそうだ。
「……あのさぁ、アーク。あんた、大事なこと忘れてない?」
「大事なこと?」
「そうよ。今までも何度か聞いたこともあるし、そのたびにモヤモヤした答えを返されてて……まぁ帰る気があるなら、どうでもいいかって放置してたんだけど。あんた、大事なことから目を背けてない?」
「なんのことだよ?」
「鈴ちゃんが、ネカマってことよ」
俺の顔を覗き込むようにして、南無さんが言う。
そして一瞬、フェリシモと鈴屋さんのやり取りが脳裏によぎった。
「あんたさぁ~。もしかして、ここでなら鈴ちゃんは確実に女だから……ただ一緒に居たくて、帰るの躊躇してんじゃない?」
その一言は、俺の心臓を鷲掴みにするような一刺しだった。
ずっとモヤモヤしていたものが………はっきりするのか?って話です。




