鈴屋さんと遺跡探索っ!〈8〉
お待たせしました。
遺跡探索編はあと1~2話くらいですかね。
それではワンドリンク片手に、にんまりとどうぞ。
「あー君、あー君……」
いつもの呼び方、いつもの声でやさしく身体を揺さぶられる。
「あー君、目を覚まして」
そこでようやく重い瞼を開ける。
「ん……あ……れ……朝?」
「なに言ってるの、あー君」
しかし辺りは薄暗い。背中に当たる地面の感触も石のように硬い。
そこで、ここがダンジョンの中だと気づく。
「あれ……ラミア様は?」
「……様?」
鈴屋さんの目が冷ややかに細められていく。あの目をするときは、割と怒っている時だ。
しかし酷く頭が痛み、現状を把握できない。
……ラミア様……あれ?
……なんで俺は、「様」なんてつけたんだ?
「んん……なんか記憶が曖昧だな……」
「アーク。あんた、魅了されたあとのこと、覚えてないのね」
なぜか上半身だけ鎧を脱いだタンクトップ姿の南無子が、両手を腰に当てて仁王立ちで見下ろしてくる。
……魅了……ラミアやサキュバスが使う精神支配系のスキルだっけか……
「え、俺、魅了されたの?」
「あーちゃんねぇ、それはもうあっさりと魅了されたんよ?」
「え……っと……」
頼もしき我が仲間たちに視線を泳がす。
ジト目で不機嫌そうな鈴屋さん、完全お怒りモードの南無子に、顔を真っ赤にしてうつむくハチ子。アルフィーは、いつも通りな感じだ。
……この雰囲気……うん、なんかしたね、俺……
「えっとさ……俺、戦闘が始まったあたりから記憶があやふやなんだけど……あの、ラミア様との……」
「……様ぁ?」
「ぬぁ、また……ごめんなさい、鈴屋様!」
「ほんっとに覚えてないんだ」
「はい……俺は何をやらかしたんでしょう?」
項垂れるようにして頷くと、鈴屋さんがため息を一つ返してくる。
「あーちゃんはねぇ、ラミアに魅了されて襲いかかってきたんよ。それはもう鬼神の如くね〜」
「ほんとに大変だったんだからっ!」
ぷうと頬を膨らませて、横を向いてしまう。怒っても可愛い鈴屋さんだが、この状態ではあまり教えてくれなさそうだ。
とすると、ここはいつでも俺の味方をしてくれるハチ子に聞くしかあるまい。
そう思い視線を移すと、顔を真っ赤にしたハチ子と目が合ってしまう。
ハチ子は目を見開いて大きく息をのみ、すぐに目をそらしてしまった。
「あぁ……えっと、ハチ子さん?」
「アーク殿、わたっ……私は気にしてませんからっ!」
「いや、そこは気にしなさいよ。女の子として」
「……私はアーク殿なら別に……」
南無子とハチ子のやりとりに混乱は深まるばかりだ。
「ほんとに俺は何をしたの?」
「アーク……あんた、それを女の子の口から言わせる気?」
「いや、まぢで覚えてないんだって……」
「あーちゃんはねぇ、それはもう鬼神の如く〜」
「あのぅ、それもよくわからないんで……できれば一人ずつ答えてくれますかね?」
仁王像のようにポーズを崩さないでいた南無子が、大きめのため息を吐きながら、仕方ないわねと肩をすくめてみせた。
他の面々も頷いてくれるが、正直、俺の気は重い。実際のところ聞きたくないってのが本音なのだが……このまま何事もなかったかのようにとは、いかないだろう。
「じゃぁ、アルフィーから……」
見た感じ、一番の安牌はアルフィーだろうと高を括り、最初のボールを投げかけてみる。
アルフィーは真っ白な髪の毛を指先でくるくるとしながら、やはり笑顔のままそれに答えてくれた。
「あたしはぁ、普通に斬りかかられたんよ〜」
「うぇぃ!? それは普通に、ごめんなさい」
「あぁ、いいん、いいん」
アルフィーが手をひらひらとさせて笑う。どうやら本当に怒ってはいないようだ。
「あーちゃんはさ、普段は本気だしてないんね〜」
「へ? いや、いつだって本気を出してますけども」
「嘘いっちゃ駄目なん〜。このあたしのパリィをダガー1本で抜いて、傷を負わせられる男なんてそうはいないんだかんね」
「……えぇ、怪我させたのっ!? それはまぢでごめんなさい、ごめんなさい」
思わぬ事態に「ジャパニーズ・土下座」スキルを惜しみなく発動させる。仲間を傷つけるなど、大罪にもほどがあるというものだ。なんなら、土下座の最上級「寝下座」を見せてもいいくらいだ。
「だから、いいんって~。いやぁ、久々に楽しかったんよ」
その満たされたような笑顔は、どこから生まれてくるのだろうか……少し恐ろしくも感じる。
ラット・シーの住人は基本戦闘民族だ。強敵との戦いは悦びにもなるのだろう。
現に当の本人は、恍惚とも呼べる表情すら浮かべている。理由が理由だけにちょっとした変態だ。
「あーちゃんはさ、うちの傭兵団の中でもトップクラスで強いと思うんよ?」
「買いかぶりすぎです、マジでごめんなさい」
「やっぱりあたしはぁ、あーちゃんの子どもを産む運命だと思うんよね」
「ごめんなさい、それもほんとごめんなさい」
ここでさり気なく火に油を注いでくるあたり、挑発のセンスが抜群だ。さすが最強のタンクと感心せねばなるまい。
しかし、アルフィーに正面から戦闘を挑むとは命知らずにも程がある。恐るべし魅了だ。
そうなってくると、ハチ子には何をしたんだ?
「んじゃあ、ハチ子さんは?」
しかしハチ子は、未だに目を合わせてくれない。それどころか、より一層顔を赤くしてうつむいてしまう。
……正直、俺の内心は冷や汗しか出ていない……マジで何をした、俺……
「えぇっと……ハチ子さん、ご説明を……」
「……タ……サ……シタ」
「なに?」
「オ……タ……サ……シタ」
「……えっと?」
「オシタオサレマシタ」
「…………」
これ以上踏み込むのが怖いんだけど……と、まわりの反応を確認してみる。
……うん。やはりジト目と、仁王立ちと、にんまりだ。
どうやら彼女たちは揃って、自分で踏み込みなさいと言っているようだった。
この先地雷しかなさそうだが、ぐっと腹の底に力をため、覚悟を決める。
「その……もう少し詳しく……」
ハチ子が胸に手を当てて、すぅと小さく深呼吸をする。やがて丁寧に、慎重に言葉を選ぶようにしながら、薄い朱の唇を動かし始めた。
「アーク殿はアルフィーのパリィに弾かれたあと、そのまま私に斬りかかってきまして……私がそれをシミターで受け流そうと構えましたら、そのまま後ろにまわって蜘蛛絡みを……」
「蜘蛛絡み……まぁそれなら絞め技だし、やりすぎても気絶だけですむはずだけど……」
この雰囲気は、それだけで終わっていないのだろう。
再びハチ子の頬が、熱を帯びて赤くなっていく。
「……あの……そのまま引き倒されまして……馬乗りになられて…………私の……」
「の?」
「私の……ですね……」
「……?」
「私の……胸を……鷲掴みにしておいでになりまして……ですね……」
はい、死んだ。色んな意味で死んだ。GMコールして、垢バンコースだ。
もう完全に、寝下座するしかないだろう。
「そこで南無殿に殴られて、吹き飛んでしまいました」
「……ふぇ?」
思わず間抜けな声を上げて、視線を南無子のほうに移す。
そこでは相変わらず、腕を組んだまま見下ろすツインテール少女が、口をへの字にしたまま頷いていた。
「感謝しなさいよね。ちょうど薬が切れて南無にもどったから、ワンパンKOしてやったわよ」
「久々に南無っちの、ナムシー・ロール見たよ〜」
「……それ、ワンパンじゃないよね」
そうか。それで、鎧は脱いでいたのか。破戒僧南無は、上半身ムキムキのマッスルボディだからな。
破戒僧南無さんの必殺技「ナムシー・ロール」は、某漫画キャラの必殺技と同じで、実在するボクサーが編み出した超有名な乱打ラッシュ技だ。
あんなもの食らったら、そりゃ気絶するわ……
「じゃあ俺は、そこで気絶?」
「そうだよ〜あー君が気絶してくれたから、ラミアはタイタンスタンプで、ぺたんこにしちゃった♪」
笑顔で、すごい怖いこと言う鈴屋様。部屋の隅に血溜まりがあるのはソレか。
「わかったら、ほら、あんたの仕事しなさいよ」
「俺の仕事?」
「あんた、もとは盗賊でしょ。あそこにある宝箱を開けなさいっつってんの!」
南無子が指差す方向には、どこからともなく現れた巨大な宝箱があった。
「おぉ……あれはボスドロップか?」
その箱の大きさに、俺たちは高まる期待を隠せなかった。
【今回の注釈】
・某漫画キャラの必殺技と同じで………言わずと知れた「はじめの一歩」で一歩が使うデンプシー・ロール。実在のボクサー「デンプシー」が編み出した上半身を∞の軌道で振り続け、身体が戻ってくる反動を利用した左右の連打技。アニメの一歩のデンプシーロールはかなりの迫力です。鬼灯の冷徹でも茄子が使ってて笑いました。




