鈴屋さんと遺跡探索っ!〈3〉
遺跡探索編、第三話です。
なかなかに忙しくて思っていたところまで書けませんでした。
そんなわけで短めです。
ワンドリンク推奨、気軽に楽しんでもらえれば幸いです。
「アーク殿……あれはいったい……」
ハチ子が絞り出すように質問してくる。その頬には一筋の汗が伝っていた。
しかし俺は、その質問に答えられないでいた。
……あんなモンスター……俺は見たことがない……
目の前にいるのは濁った緑色の粘液……おそらくスライムの類だろう……それが正立方体の形になって、廊下いっぱいに体を広げている。
その中心には丸ごと飲み込まれたアルフィーが、水中で浮遊しているかの如く浮かんでいた。
「でっかいスライムの箱……か?」
ごくんと唾を飲み込む。
どんな形であれモンスターであることに変わりはないが、アルフィーが取り込まれた状態では迂闊に攻撃は出来ない。
「あー君、あれはゼラチナス・キューブだよ!」
鈴屋さんの切迫した声が、後ろから届く。
……どこかで戦ったことがあるのだろうか……鈴屋さんには、モンスター識別のスキルはないはずだが……
「鈴屋さん、特徴までわかる?」
「通路で待ち伏せるおっきいスライム! 相手を溺れさせて、強力な酸で捕食するの!」
「……つまり」
「急いで! あー君!」
目を強くつむって涙をこぼす鈴屋さんを見て、ことの重大さにようやく気づく。
なるほど、あれの前では防御スキルなんて何の役にも立たない。
物理攻撃オンリーの前衛なんて、丸ごと飲み込んでしまえばいいのだ。
俺は躊躇してる場合ではないと、反射的にゼラチナス・キューブに右手を突っ込んだ。
瞬間後、肌の焼ける音とともに、何本もの針が腕全体に突き刺さったかのような痛みが駆け抜ける。
「ぐぁぁっぢぃぃぃッ!」
「ば、ばかアークっ、なにやってんの! 相手は酸なのよ!」
「んなこと言ってる場合かよっ!」
そのまま勢いをつけて両手で掻き分けるようにしながら、ゼラチナス・キューブの中に上半身を突っ込み、アルフィーの左腕に向けて手を伸ばす。
「ってぇぇぇぇっ」
あまりの痛みに、思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。
こんな化け物の中に全身を取り込まれてアルフィーは大丈夫なのかと、一瞬心配になり目を凝らしてみる。
“あーちゃん……”
そう聞こえた気がした。
アルフィーは酸を飲み込まないように喉と口元を押さえ、薄っすらと目を開けて、こちらを見つめていた。
どうやらディバイン・アーマーの効果で、ゼラチナス・キューブの酸は直接肌に触れていないようだ。
全身を、光の防護膜で覆っているといった感じなのだろう。
“あーちゃん……たすけ……”
またも、くぐもった声が聞こえてくる。
アルフィーがいつも見せていた余裕の笑みは、今やすっかり影をひそめていて、その表情はあからさまに不安の色に染まっていた。
その弱々しい瞳に、ぎゅぅと胸の奥が苦しくなる。
「待ってろ、いま……」
しかしそこでアルフィーの口から、ごぼっと大きく空気が漏れた。
駄目だ、飲むな……と心の中で叫ぶが、俺の思いも虚しく、アルフィーは堰を切ったように次々と空気を吐き出していく。
酸で喉が焼かれて、痛みに耐えられずに咳をしてしまったのだろう。
俺はさらに体を深く突っ込むと、アルフィーの腕を掴んで力任せに引き抜こうとする。
じゅうぅぅぅッと肌が焼ける音が体内に響いて聞こえるが、今はそれよりも優先すべきことがあるのだ。
「だぁらぁぁっしゃぁぁっ!」
気合一閃、ビシャッとゼラチンをまき散らしながら、アルフィーを力任せに引っこ抜く。
そしてそのまま、抱き寄せるようにしながら後ろに転がり距離を取った。
「アルフィーっ!」
すぐさま体を起こし名前を呼ぶが、アルフィーの意識は朦朧としているようだ。
目は虚ろに開き、真っ青になった唇が僅かに震えている。
「鈴屋さんはサラマンダーでこいつを焼いて! 南無子は、アルフィーに治癒魔法を!」
言いながら身体に付着しゼラチンを払いのけると、アルフィーを抱き起こす。
「アルフィー、おい、アルフィー!」
「待ってアーク、まず喉を治さないと……」
南無子が慌てて治癒魔法をかけるが、アルフィーの顔色はさらに悪くなっていった。
「アルフィー、しっかりしろ! おい、南無子、傷はっ?」
「も、もう治したわよ!」
「じゃあ、なんで意識が戻らないんだ」
俺は相当動揺していたのだろう。
どうしていいのかわからず、理由もなく辺りを見回した。
その視界の先で、水色の髪を揺らせながら駆け寄ってくる鈴屋さんが見えて、すがる様な気持ちが生まれてしまう。
「なにしてるの、あー君!」
声をあげながら走り寄る鈴屋さんに、はっとする。
「……鈴屋さん……ゼラチナス・キューブは…?」
「今はサラマンダーさんに頼んで、自動焼却中! それよりもアルフィーさんは?」
「傷は治した……けど意識が……」
「はっきり話してっ!」
煮え切らない俺に対して、鈴屋さんが眉を寄せて詰め寄ってくる。
その迫力に、思わず言葉のみ込んだ。
「もう! 頼りないっ!」
鈴屋さんはそう言うと、アルフィーを俺から奪うように抱き寄せて床に寝かせた。
そして目を閉じて軽くあごを上げ、大きく深呼吸をする。
「……鈴屋さん?」
「あー君は、ちょっと黙ってて」
依然口調は厳しく俺は叱られた子犬のごとく縮こまって事の成り行きを見守る。
……そして……
ちゅぅぅぅぅぅぅ……
「ちょ……え、鈴屋しゃん?」
しかし鈴屋さんは、俺の狼狽っぷりには目もくれず、何度もスライム的なものを可愛らしい口からペッと吐き出していった。
同じように呆然と眺めていた南無子がようやく現状を理解し、治癒魔法を鈴屋さんにもかけ始める。
しかし俺は情けないことに、その光景を眺めることしかできないでいた。
今週は出張でほとんど書けないと思います。
出先でどれほどかけるのかわかりませんので、しばしお待ちを…。




