6 帰
第一章 まさか、この気持ちは……
地下鉄の改札を過ぎても二人はまだ一緒だ。
「もしかして蛍さん、K線ですか」
「……って尋ねるってことは、翔くんもK線……」
「当たりです」
「もしかして同じ駅だったりして……」
「まさか、それはないでしょう」
「ウチはW駅よ」
「オレはI駅だから三つ前ですね」
思ったより近い、と蛍は思う。
それが、そのまま口から出る
「思ったより近いのね。でも、これまでわたし、翔くんを見かけたことがない」
「距離は近くても隣町だと自治が違って会わない、ってことはありますよ」
「隣町の小学校とかね。だけど隣町だったら中学校で一緒になるはず」
「私立だったらなりませんよ」
「翔くんは私立だったの」
「ええ、中学校のときから……」
翔が照れたように口にする。
その仕種を蛍は可愛いと思う。
「わたしは受験、高校が最初だな。次が大学で、その次が会社……」
「免許は……」
「ああ、そっちが先か。滅多に運転はしないけどね」
「他に資格とかは……」
「わたしは資格魔じゃないのよ。考えてみると、よく会社に受かったな」
「点数が取れて、面接が良かったんでしょう」
「結局、そういうことになるよね。実際は運だとしても……」
地下鉄がターミナル駅に着き、改札を抜けた二人が乗り換えのため、地下通路を歩く。
地下通路は通勤や通学帰りの人たちでごった返している。
就職で上京した人間ならば大抵一度は驚くが、都会(ただし郊外)生まれの蛍と翔には日常風景だ。
K線の改札を抜け、階段を降り、狭いホームへと至る。
地下にK線のターミナル駅が作られ何年経つか知らないが、こんなに混むことを見越していれば、もう少し広く設計したはずだ。
「ホームの先まで行けるかな」
人混みの中で蛍が言うと、
「歩きましょう」
と翔が答える。
それで二人で人を掻き分け、ホームの先まで歩く。
「蛍さんが降りるW駅は階段がホームの端じゃないでしょう」
「わたし、混んでいるのがダメなのよ」
「オレも根性がなくなったですね。高校の頃までは無理してでも一番前の車両に乗ったのに……」
「あら、わたしも同じ……」
新卒社員、二十二、三歳とも思えない年寄りじみた会話だ。
「さすがに座れませんから一本待ちますか」
「急ぐなら翔くん、先に乗っていいわよ」
「ここまで来たのだから蛍さんと一緒に帰りますよ」
翔の言葉に他意はない。
が、蛍の顔が赤くなる。
「ごめんね。付き合わせちゃって……」
「いいんですよ。元々オレが蛍さんのスマホ・アクセサリーを毀したのが始まりだし……」
「それを言ったら、わたしが葵に押されたのが始まりよ」
蛍は言ったが、翔に意味がわかるはずもない。
「ええと、わたしが躓いたのがいけないんだわ」
咄嗟に蛍が言い直す。
翔の顔を見ると特に疑問には思わなかったようだ。
漸くホームの先端まで至り、二人で次の電車を待つ。
が、本当に座る気ならば、もう一本待つ必要がありそうだ。
周りを見ると殆どの人たちがスマホの画面を覗き込んでいる。
ゲームか、SNSか、あるいはメールに忙しいのだろう。
蛍はゲームをしないし、SNSの発信も稀だ。
ゲームはこれまで面白いと思ったことがなく、SNSに毎日上げるような話題もない。
健斗や家族、それから友人たちにメールを送ることはもちろんあるが、それくらいだ。
退屈を紛らわしたいと思ったときには本を読む。
あるいは音楽を聴く。
「やっと座れますね」
電車をもう一本遣り過ごし、やっと座席に座れた翔が左隣の蛍に言う。
「翔くんは立ってる方が好きなんじゃないの」
「その日の気分や体調次第で決めますよ。オレ、無理はしませんから……」
またもや会話が年寄り染みてくる。
が、次の蛍の一言で流れが変わる。
「ねえ、さっきの話だけど、駅に着くまで暫くかかるから今作ってもいい……」
蛍が提案したのはココットのことだ。
折り紙はないが、切り取り線付きのスパイラルノートなら鞄の中にある。
一ページを切り取り、三角に折り、余った部分を織り込んでから指で切り取れば正方形が出来上がる。
「色はないけど……」
蛍が翔の同意を得ずにノートを鞄から引っ張り出す。
もちろん翔には蛍の行動を止める理由がない。
興味津々に蛍の手先を見つめている。
表紙が固いスパイラルノートの上で蛍が、まず正方形を形作る。
ついで対角線に折り目を付け、四隅を中心に合わせて折り込み、小さな正方形を作り、引っ繰り返す。
さらに四隅を折り込み、もう一段階小さな正方形を作る。
後は、それを半分に折り、指を入れれば完成だ。
「本当は占いの数字と文言を先に書いておかなきゃいけないんだけど……」
ココットを指で動かしながら蛍が言うと、
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り……
翔が低い声で歌うように呟く。
続けて蛍が、
「柿の種……」
翔と同様、低い声で唱える。