5 話
第一章 まさか、この気持ちは……
「華野さんは、お帰りですか」
「ええ、これから帰るところです」
「では駅までご一緒に……」
「それは構いませんが、とにかくありがとうございます」
どことなくぎこちない会話を交わす蛍と翔。
総務の部署を二人で出る。
蛍がロッカー前で通勤着に着替えるまで翔が待つ。
それから同じエレベーターに乗り、一階まで降りる。
不思議なことに他の社員が一人も乗って来ない。
二人には会話をする話題もないので少し気まずい。
それで……ということもないが、
「あの、これ、付けてみます」
蛍が黄色いカピパラを袋から取り出す。
そんな蛍の動きを翔が黙って見つめている。
携帯ストラップの取り付け紐と格闘すること数十秒、見事にカピパラが蘇る。
「あの、いただいた方も一緒に付けちゃっていいですか」
「全然構いませんが……」
「では付けてみます」
黄色いカピパラの左隣にピンク色のウサギが並ぶ。
「可愛い……」
思わず蛍が声を発すと、
「女性は、そういうのが好きですよね」
翔が言い、やっと会話らしい会話が始まる。
……と思ったところでエレベーターが一階に到着。
翔が先にエレベーターを降りる。
自社製品がガラスケース内に展示されるエントランスを抜け、社屋の外へ……。
地下鉄の最寄駅まで約五分間の道程だ。
「華野さんはT線ですか」
翔が蛍に問いかける。
「はい、そうです」
蛍が答え、ついで、
「あの、わたしのこと呼ぶとき、蛍でいいですから……」
と続ける。
「まあ、どうせ社内では華野さん……となるのでしょうけど」
蛍がどうでもいいことを一言付け加えると、
「じゃあ、オレのことは翔って呼んでください」
翔が蛍の目を覗き込みながら、そんなことを言う。
わたしの顔を覗き込んだのは本気……という意味だろうか、と蛍が思う。
ついで翔が、
「ええと、社外では……」
と続けると蛍の胸がキュンとなる。
えっ、何、この感情……。
蛍は惑うが答は出ない。
まさか、これが、あの……。
蛍は自分で驚きながらも真剣になる。
でも、それって……。
あーっ、マズイ、マズイ、マズイ。
すると翔がいきなり、
「蛍さんの趣味を聞いてもいいですか」
蛍の気持ちにまるで気づかない口調で、そんなことを問う。
「ああ、趣味ですか。何だろう……。一番続いているのが折り紙かな」
蛍が答えると翔が嬉しそうに蛍に言う。
「へえー、そうなんだ。昔、ウチにホームステイをしに来ていたカナダ人の趣味が折り紙だったんです」
「折り紙が好きで日本にやって来る人って結構いますよね」
「オレはその方面には詳しくないですが、好きならやっぱり来るでしょうね。蛍さんは先生とかに習っていたんですか」
「いえ、まったくの独流ですよ。……っていうか、折り紙の本を買って来て、誰かが考えた面白いカタチに挑戦するっていうか……」
「今度見せてください」
「それは構いませんけど、会社に入ってから折ってないな」
「じゃ、思い出し方々……」
「はい。では、そうしましょう。リクエストはありますか」
「オレは鶴と手裏剣くらいしか知りません」
「あっ、手裏剣を知ってるんだ。たぶん、二枚で折る方ですよね」
「折り方は忘れました」
「手裏剣ってね、一枚でも折れるんですよ。ただし最初に半分に切りますが……」
「なるほど。そういったことは少しも知りません」
「折り紙で有名なのは、やっぱり鶴でしょう。折鶴に連鶴。それから風船、紙飛行機、後は、さっき山口さん、いえ、翔くんが言った手裏剣、それと、兜、奴さん、などですかね」
「ああ、兜か。確かに、ありましたね」
「わたしたちが子供のときに占いが流行っていたでしょう。……って、翔くん、わたしと同じ歳ですよね」
「留年や留学なしの新卒です」
「じゃ、やっぱり同じ歳だ。覚えてますか」
「小学校五年生か、六年生のときのことでしょう」
「ええ、そうです。それで折り紙でココットを作って占いをしたんですよ」
「ココット……」
「ええと、知りませんか。口で説明すると判り難いですが、上側がピラミッド形でそれが四つに開くんです。中の面には数字が書いてあって下側から指を入れて呪文を唱えながら動かして止まったところの数字で占いをするんです」
「面白そうですね」
「面白かったですよ。特に子供だったときには……」
「じゃあ、それを折って貰おうかな」
「では次に翔くんと会社で会ったときに……」
「会社だと、まず偶然には会えませんよ」
「あっ、そうでした。では、本日と逆で定時後に翔くんの所に伺います」