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第四章 どうしても伝えたい

「ただいま」

 翔が家に帰り、夏海に声をかける。

「お帰り……」

 夏海の声は聞こえたが、ダイニングキッチンからではない。

 もっと遠い。

 奥の和室でPCに向かっているようだ。

 鞄を廊下に置くと翔が和室の襖を開ける。

「忙しいみたいだね」

 翔が問い、

「吉田さんが変わった売り方を考えていてさ」

 翔を振り向かずに夏海が答える。

「秘密だから口外しないで欲しいけど大手三社の雑誌に載るの」

 静かな口調で淡々と続ける。

「夏海を売る気満々だな」

「新人なのにね。しかも佳作入選……」

「佳作の人の方が後に伸びるって聞くよ」

「嘘みたいな数のファンレターが届いて、それで決めたらしい」

「すごいじゃん」

「でもさ、まだ吉田さんが見せてくれないの。今見せると慢心するって……」

「夏海がか……」

「最初はわたしもそう思ったけど、でも今は吉田さんが正しいと思う」

「そうなんだ」

「うん」

「まあ、夏海が自分でそう思うんなら、オレが言うことは何もないよ」

「でもさ、これまで十五年間書き続けて来て良かったと思うよ。月に五十枚から百枚くらいの中編一篇を書き続けてからでも十年でしょ。出来はともかく百二十篇のストックがあるのよ。その中から使えそうな話を吉田さんが選んでる」

「へえ。仕事熱心……」

「もちろん、すべての作品がそのままではダメで、この話のあの部分と、あの話のこの部分を……とかいう面倒な話になってるけど」

「大変だな」

「自分でも内容を忘れていた話がピックアップされて、読んで、当時の自分が考えていたことなんかを思い出したりして愉しいわよ」

「それならば良いけど……」

「だけど昔のわたしの文章、呆れるくらいに下手でさ。我ながら呆れちゃうの」

「そうだったかな。オレは夏海の文章が下手だと思ったこと一度もないけど……」

「翔は作者に優しい読者なのよ」

「夏海の小説にだけだよ」

「今は封印されてるファンレターの中身が、翔みたいな人が書いたものばかりだったらいいのに……」

「ねえ、夏海……」

「……」

「何も聞かないんだね」

「翔が女の子を泣かせているシーンを久しぶりに見たわ」

「オレが泣かせたんじゃないよ」

「可愛い娘よね。告られたの」

「だから違うって……」

「でも翔を見て泣いてた」

「オレも理由は知らない。涙を見てびっくりしたから思わず理由を尋ねたけど、夏海の小説にあった言葉を想い出して謝った」

「あっ、そう。どんな言葉……ああ、いい、わたしが当てる」

「……」

「たぶん、『女の子にだって、いろいろある。好きとか嫌いとか、悲しいとか淋しいとか、そんなこととは全然関係なくても泣くことがある』かな」

「すげーな。さすが、作者だ」

「へへへーっ……。でも実際に翔が言いたかったのは、『だけど浩平くんは、そんな無防備な状態でいるあたしの心の中に断りなく入って来たの。しかも靴も脱がずに土足で……。浩平くんがあたしのことを好きなのは浩平くんの勝手だけど、悲しんでいるあたしを勝手に慰めたりしないで……。あたしのことを可哀想と思っても放っておいて……』からの引用かな……。土足の部分の……」

「重ね重ね、すげーっ」

「良かった、当たって……。ここで外したら格好悪いもんね」

「いや、御見それ致しました」

「ヤダ、止めてよ」

 夏海がそう言い、翔に笑顔を向ける。

 ついで口調を変え、

「ところで、あの娘、誰なの……」

 困惑した表情で翔に問う。

「誰って、会社の同僚。今年の新人仲間……」

「えっ、そうなの……」

「それから折り紙を教えてもらった、オレの折り紙の先生……」

「夏休みに純くんが折ってた兜とかの……」

「そう。本当は実家で直接、純に教えてもらいたかったんだけど、さすがに断られたよ」

「シャイなのね」

「どうなんだろう。オレには良くわからない」

「会社が一緒なら良く話すでしょ」

「従業員が数百人もいると、さすがに会わないよ。一週間に一、二回ってところかな」

「ふうん」

「用事があれば別だけど、まあそんなもん」

「何か用事かあるわけ……」

「新入社員の一部に必ずまわってくる旅行委員が一緒なんだ」

「旅行委員ね。そういえば、わたしも昔やったな」

「ウチの会社では一日目の夜にパーティーをやるんだけど、そこでのディスプレイというか、飾り付けの話をしたよ」

「ねえ、翔……」

「何……」

「わたしの勘違いなら良いけどさ、あの娘、翔のこと好きかもしれないよ」

「まさか」

「うん。わたしも、まさか。だったらいいと思う」


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