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第三章 封印しなきゃ

 蛍がI駅の改札を抜け、駅の近くにあるはずの喫茶店を探す。

 翔と待ち合わせをしている喫茶店だ。

 時刻は一時二十五分。

 約束の午後一時半の五分前……。

「ああ、あった。ここだ……」

 蛍が喫茶店『一日ひとひ』を見つける。

 何のことはない、改札を出て三十秒も歩かない場所にある。

 少しだけ『一日』に近づき、蛍が中を覗き込む。

 ……と翔がいる。

 窓側の奥の席だ。

 つまり外を向く席に座っている。

 思わず蛍の胸がキュンと鳴る。

 恋する女の顔に変わっただろうか。

 慌てて蛍は思うが、わからない。

 窓に映った自分の顔に妙に気を取られる。

 すると翔がそんな蛍に気づき、手を振ってくれる。

 想わぬ翔の行為に蛍はまたも胸をキュンとさせる。

 が、さすがに自分でも呆れて思う。

 幾つになっても女は女だが、これじゃ、まるで小学生のようだ。

 初恋なのだから仕方がないといえば仕方がないが、少なくとも自分は結婚している大人の女なのだ。

 その枠からはみ出るわけにはいかない、と蛍は翔への想いを心の中にぎゅっと封じ込める。

 カウベルを鳴らしつつ扉を開け、蛍が喫茶店『一日』に入る。

 翔が座るテーブルまで淑やかに歩き、翔の向かいに座る。

「翔くんを待たせちゃったわね」

 開口一番、蛍が言い、

「いや、オレもさっき来たばかりだから……」

 翔が蛍に答える。

「わざわざ呼び出して済みません」

「いえ、わたしこそ、場所を変えちゃって……」

 最初、翔は蛍のマンションという名のアパートがあるW駅まで自分が出向くと提案したのだ。

 それを蛍が、

『家の近くじゃ落ち着かないから……』

 と理由をつけ、翔の家があるI駅の近くに変えて貰う。

『どうせ場所を買えるなら何処か街にでも行きませんか』

 すぐに翔が蛍に持ちかけたが。

『折り紙を教えるのに、わざわざ出かけるのもヘンでしょ』

 蛍がけんもほろろに断っている。

 あのとき、危うく口を滑らし、

『折り紙を教えるのにデートみたいになってはヘンでしょ』

 と言わなくて良かったと、つくづく蛍は思う。

『デート』などという言葉を一度でも口にすれば、お互い気不味くなるに違いないから……。

 蛍自身は当然としても、翔にまで、そんな思いをさせるわけにはいかない。

「じゃあ、始めましょうか」

 アイスコーヒーを店員に頼むと蛍が翔に開始を宣言。

 早く教え始め早く家に帰りたいという想いと少しでも長く翔と一緒にいたいという気持ちが蛍の心の中で鬩ぎ合う。

「取り敢えず鶴を折りましょうか」

 蛍が翔に伝え、鞄に入れた折り紙を取り出し、翔に渡す。

 紙の用意は蛍が引き受けている。

 蛍の親の代とは違い、今ではどんな店で折り紙を買っても質が悪いものはない。

 だから翔に紙を用意させても良かったが、一応、折り紙の先生ということで紙の選別も引き受けたのだ。

 けれども自分では気づいていないが蛍の心の中には翔と一緒に折り紙を選びに出かけたい、という想いがある。

 最初から翔自身に紙を選ばせれば、その時点で一緒に折り紙を選ぶことはなくなってしまう。

 だから蛍は『折り紙の先生』という立場に隠れ、自分の心を垣間見せたてしまったのかもしれない。

「あっ、そうそう、そんな感じで……」

 折り始めてみると翔には折り紙のセンスがあることが蛍にもわかる。

 蛍が選んだのは比較的大きな紙なので、テーブルの上がいっぱいだが、元々器用なのか、翔は折り線をずらすこともなく淡々と鶴を仕上げていく。

 最後に中央部を膨らまし、出来上がりだ。

「オレが子供の頃に折ってたのは太った鶴だったんですよ」

 翔が鶴を折り終え、ヘンなことを言う。

「太った鶴って……」

 思わず蛍が繰り返すと、

「ホラ、本当の折り方では首と尾の部分を最後に細く織り込むでしょう。だから織り込まなかった羽根の部分より細くなる。だけど、オレが覚えている鶴の折り方は首と尾の部分も羽根と同じままで織り込まなかったから……」

 翔に言われ、蛍も、なるほど、と思い至る。

 一つ工程が抜けた折り方だ。

 子供のうろ覚えなら、ありえるミスかもしれない。

「なるほどね。逆に首と尾をもっと織り込んで、よりスマートにすることもできるわよ」

 蛍が言うと、

「でも、最後の工程では折り目まできっちりと折り過ぎない方がきれいに仕上がるとは知らなかったな」

 翔が蛍の教えた折り紙の技法に感心する。

「ええ、少し考えればわかるのだけど、ギリギリまで折ると最後に折り曲げるときに余裕がなくなるでしょう。特に完成した形に立体的な要素が混ざる場合は……」

「面白いですね」

「でも基本は折り線まできっちり折ること。特に折り始めは、ね。最初に僅かでもずれがあると後に行くほど、それが大きな歪みになってしまうから……」

 そう語る蛍の顔を翔が熱心に見つめている。

 蛍は急に恥ずかしくなり、

「じゃ、次、兜、行くから……」

 少しだけトーンが上がった声で翔に命じる。


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