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31 伝

第三章 封印しなきゃ

「ええ、構いませんよ」

 あのとき蛍は、そう答える。

 その後、蛍は社内で玲子の姿を見かけても話す機会がない。

 だから蛍はどうして玲子が兜を欲しがったのかわからない。

「ありがとう。大事にするわ」

 理由を説明する様子もなく玲子は蛍に告げ、そそくさと自分のいるフロアに立ち去ったのだ。

 三田村さんの気まぐれかしら……。

 蛍は思うが、それにしたところで『気まぐれ』の理由がわからない。

 ティラミスを食べたくてケーキ屋に入ったのに多くのケーキが陳列されたガラスケース内を一目見てブラン・マンジェに気移りするのとはわけが違うのだ。

 あの日から三日、蛍は折り紙を折り続ける。

 お昼休みも折っている。

「前にも言ったけど、蛍、器用だね」

 まだ、お弁当を食べ終わらない葵が蛍に声をかける。

 蛍が今折っているのは、跳ねるカエル、だ。

 机の引き出しの中には、鶴、蓮、菖蒲アヤメ、水仙、風船、風船発展形の風船ウサギ、風船金魚、が仕舞われている。

 蛍が最初に考えた翔に教える折り紙候補だ。

 が、実際に作り終えてみると数が少ない。

 またヴァリエーションにも欠ける。

 蛍は気づくが、何を足せば良いか、まるで思いつかない。

「あたしも蛍に何か折ってもらおうかな」

 口に中にモノが入っている人の口調で葵が言う。

 蛍は両手を動かしながら、

「わたしで良いならいつでも折るよ」

 静かに葵に答える。

「何がいい」

「……と、急に言われてもね」

「じゃ、決まったら教えて……」

「うん、そうする」

 葵は答えたが、蛍への折り紙リクエスト案さえ頭に浮かばない。

 だから葵が蛍に訊く。

「何でも折れるの」

「折り方があるモノならね」

「そうか」

「でも、最新の幾何学模様みたいなのはダメかも……」

「何で……」

「わたしには複雑過ぎて……。折り線から折る折り紙は昔からあったけどね」

「良くわからないな」

「調べてみると最近の折り紙は凄いわよ。人間の手では正確な曲面の折り線はできないけど、コンピューターに設計させる研究もあるし……」

「へえ」

 最後に糊で貼り合わせる部分を両面テープで止め、蛍が風船金魚に息を吹き込む。

「出来上がり」

 と言いつつ机の上に風船金魚を置く。

「可愛いわね」

「でも、これだけ糊を使うから仲間外れといえば仲間外れ」

「なるほど」

「だけど風船を折るときウサギと金魚は外せなくてね」

「そういった意味では仲間か」

「そうなのよ。少なくとも、わたしにとっては……」

 葵に言ってから蛍も自分で不思議に思う。

 折り紙にはいろいろな手法があり、紙を複数使うモノ、正方形以外の紙を使うモノ、鋏で切るモノ、糊で貼るモノ……など様々だ。

 が、王道はやはり正方形の一枚紙で、切らず、貼らず、の様式だろう。

 蛍が好きなのも、そんな王道様式だ。

 けれども場合により、切ったり、貼ったり、の折り紙も蛍は昔から折ったものだ。

 折り終えた後でどうやってか、切らず、貼らず、に改良できないものかと思案するのもいつものこと。

 風船金魚についても過去に思案したことがあるので蛍はそれなりの解決策を持っている。

 が、今回は伝統を重んじたのだ。

 人に教える折り紙だから……。

 蛍は考え、おそらくそうだろう、と結論づける。

 最近蛍が悩んだことの中で答が出た珍しい例だ。

「あっ、そうだ」

 ついで蛍が急に思い出す。

「蝶がまだだった」

 そもそも最初に翔に例として挙げた折り紙が蝶だ。

 蛍はそれをすっかり忘れていたのだ。

 一応時刻を確信したが、お昼休みはまだ十分以上残っていたので蛍はすぐに蝶を折り始める。

 そんな蛍の様子を、ようやくお弁当を食べ終えた葵が見つめる。

 恋する女の顔になっているかな。

 葵が自分の顔について考えたようだ。

 これまでのところ社内で葵の性癖に気づいたものはいない。

 おそらく自分からカミングアウトしない限り、蛍と仲の良い友だち、としか思われないだろう。

 確かに、これまではそうだったが……。

「出来た……」

 蛍が、あっという間に蝶を折り終える。

 ついで葵を見やり、

「この折り紙たちを翔くんに届けてくれないかな。定時後でいいから……」

 葵に頼むが、

「自分で行けば……」

 葵の返事は素っ気ない。

「ねえ、葵、お願いだから……」

「じゃ、代わりに蛍に何をしてもらおうかな」

 葵が急に態度を変える。


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