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28 考

第三章 封印しなきゃ

「ちょっと葵、待ってよ」

 慌てて蛍が言うが、葵は、バイバイと手を振り、道を今まで歩いてきた来た方に戻っていく。

 葵の動きを蛍がじっとして追いかけると、一つ先の交差点で信号を渡り、ビルの陰に姿を消す。

「中村さん、どうしたんですか」

 葵の行動は翔にもヘンに思えたらしい。

「さあ、わたしにもわからない」

 実際にそうなので蛍が翔に答える。

 まさか、翔へ、想いを告げろ、とでも葵は考えたのか。

 いや、それはない。

「……って、ゴメンなさい。動きを止めちゃって」

 焦りながら翔に詫びつつ蛍が歩み始める。

 蛍の傍らに寄り添い、翔も歩道を歩く。

「蛍さんは中村さんと仲が良いですね」

 翔が言うので、

「友だちって不思議な縁ですよね」

 考えながら蛍が口にする。

「子供の頃は偶然家が近い、学校が一緒。大人になれば、たまたま同じ大学、あるいは同じ会社に入って……」

「あとはスポーツクラブとか」

「趣味のクラブやサークルね。でも、それがすぐに思い浮かぶってことは、翔くん、今、何処かのクラブに入ってるの」

「今はないですね。中学生のときにはサッカークラブに所属していました」

「ふうん」

 そのとき蛍の頭の中に健斗のことが一瞬浮かぶ。

 健斗も中学生の頃、サッカークラブに通っていたことを思い出したのだ。

 蛍も何度か健斗の出る試合を応援しに行ったことがある。

 が、まさか、その同じクラブに(一時的にとはいえ)山口翔も在籍していたことを蛍は知らない。

 つまり自分と翔がすでに知り合いだった……という可能性に気づかない。

 蛍の口から出た言葉も、ふうん、だけだ。

 本能的に、その話題を続けては危ないと気づいたのだろうか。

 それとも……。

「ところで翔くんが折り紙を教える相手って何歳なの……」

 蛍が急に思い出したように翔に問いかける。

 同時に蛍の頭の中に浮かんだ健斗の姿も消える。

「ああ、小学校四年生です」

 蛍の心の変化には気づかず、翔が答える。

「で、男の子、それとも女の子……」

「女の子みたいな男の子ですよ。このまま育てば、将来、女性を泣かせる男性になるかもしれません」

 自分のことを棚に上げ、翔が父方の親戚について蛍に説明する。

 あるいは翔は自分が考えている以上に女性にモテることを知らないのかもしれない。

「ふうん」

 蛍が翔から貰った情報を元に思案する。

 小学校四年生にも手先の器用な子供はいる。

 が、折り紙には、折る技法と折る手順があるのだ。

 それを勘案しなくてはいけない。

 折る技法とは、いわゆる折り合わせなどのことだから、手先が器用ならばできるだろう。

 けれども折る手順は、ある程度頭が良くないと覚えられない。

「蝶なんか、どうかしら……」

 暫く考えた末、蛍が翔に提案する。

「女の子みたいな男の子なら似合うんじゃないかな……」

「形は女の子ですけど、アイツはやんちゃですよ」

「そうなんだ」

「でもまあ、折るものは蛍さんに任せます」

「それはいいとして、手とかは器用な方……」

「将棋崩しが上手いから器用だと思います」

 翔が答え、蛍が試案タイムに入る。

 ちなみに将棋崩しとは将棋の駒と盤を用いた遊びの一種だ。

 別名、山崩し、ガッチャン将棋とも呼ばれる。

 蛍が頭を働かせ、口を利かずに足を動かす。

 地下鉄駅に着き、電車に乗っても、まだ考えている。

 もっとも、その時間帯の地下鉄は込んでいるから会話はエチケット違反だ。

 K線に乗り換え、この前と同じように電車を数本待ち、座って話せる状態を待つ。

 翔の隣に座ったときには蛍の頭の中に翔に教える折り紙の案ができている。

「結局伝統的になっちゃうけど、まず一緒に鶴を折ってみましょう」

 蛍が翔に向かって言う。

 翔は無言で首肯き、先を促す。

「まあ、時間がないなら端折ってもいいけど……。で、花ならば、蓮、菖蒲アヤメ、水仙のどれかを……。ああ、最初に、お約束の兜ね。何だったら難しい方の兜も……。それから風船もしくは風船の応用でウサギか金魚。跳ねるカエル。何だか偏っちゃたけど、それらから一つか二つね」

 蛍が目を輝かせながら翔に説明する。

 けれども具体的な形がわからない翔にはピンとこない。

「やはり蛍さん、オレの実家まで来ませんか。バイト料を出しますよ」

 翔はすでに弱気だ。

「ダメダメ、それは翔くんがわたしに習ってもできなかった場合の最後の手段……」

 サラリと蛍が翔に言って聞かせる。

 少し考えればわかるが、翔が一人で実家に行くとは思えない。

 だから蛍が翔の実家まで出向けば、当然翔の妻に遭うことになる。

 翔の妻に恨みはないが、思わず、蛍は恨んでしまうかもしれない。

 そんな事態は避けたいのだ。

「画か写真とかを見せてもらわないとイメージがわかなくて……」

「うん、それはわかる。だから、早めに用意をするね」

 会話が愉しいと時間も早く過ぎるのか、あっという間に翔が降りる駅に着いてしまう。

「さあ、着いたわよ。今日は余計なことを考えずに、さっさと降りて……」

 蛍が勢い良く言うので翔が気圧され、蛍の隣の席から素早く立ち上がる。

 ついで翔が、

「今日はありがとう、蛍さん」

 と蛍に言葉をかけ、閉まりかけた電車のドアをするりと抜ける。


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