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27 頼

第三章 封印しなきゃ

「で、どうすることにしたの」

 三時の休憩には仕事の都合で蛍の許に来られなかった葵が定時後に現れる。

 キリシマ・インスツルメントでは入社後半年間は試用期間で準社員扱いなので、その期間にある新入社員には基本的には残業をさせない申し合わせとなっている。

 だから蛍と葵、それに翔たち新入社員は基本、定時で帰宅する。

 けれども場合により、必ずしもそうならないこともある。

 どんな会社にも繁忙期があるからだ。

 また、それとは別に数年前から経費削減の目的で全社的に残業数減少キャンペーンを張っている。

 もっとも思うような効果は出ていないが……。

 内勤の事務職や製造課では仕事の密度を高めることで比較的時短がし易いが、営業や開発部では、そうもいかないからだ。

 営業では出先が遠いだけでも残業時間に食い込むし、開発に至っては新製品の設計に充てる時間をすでに販売している製品のトラブル対策や開発時の設計ミスによる再設計に持っていかれる。

 だから残業を減らすことが難しい。

 開発部の人間の中には会社内に寝泊まりしている者もいる。

 もちろん毎日のことではなく、納期が目前に迫っているのに思いの外作業が進んでいない場合などに限るが……。

「まだ何も考えていないわよ」

 蛍が葵の問いに答える。

「翔くん、あっ、山口さんからも連絡来ないし……」

「そうか」

「どっちにしても、すぐには無理だよ。何を教えたらいいのか、まず考えないと……」

「でも再来週には夏休みだよ」

「うーん、困ったな」

 悩みながら、蛍が帰宅の準備をする。

 ……といっても、ほとんども何もすることがない。

 キリシマ・インスツルメントでは終業十分前にチャイムが鳴り、帰宅の準備また残業命令及び申請をするように全社員を促すアナウンスが流れるからだ。

「蛍、今日は晩御飯担当の日だっけ……」

 葵が問う。

 すでに葵は帰宅準備が済んでいる。

 後は女子更衣室内のロッカー前で着替えるだけだ。

「よく覚えてるね」

 と蛍。

「だから、すぐに帰らなくちゃ」

「途中まで、ご一緒するよ」

 と葵。

 そんな二人の遣り取りを他の総務部員たちが見るともなく見ている。

「お先に失礼します」

 周りのみんなに、そう声をかけ、蛍と葵が総務フロアを去る。

「お疲れさま」

 周りのみんなからは、そんな声をかけられる。

 言葉はそれらに限らないが、社内では、必ず挨拶が交わされる。

 出社時には、おはようございます、お客様が来たときには、いらっしゃいませ……といった具合だ。

 当然のように、出来る限りハキハキと、また笑顔で……。

 着替えを終え、女子更衣室を出、蛍と葵がエレベーターに向かう。

 二人がエレベーターに到着し、乗ると中に翔がいる。

 他にも数人載っていたのでエレベーターの中は満員だ。

「ああ、華野さん、少しは考えてくれましたか」

 翔が気安く蛍に問うが、

「ええと、まだ全然……」

 周囲を気遣い、蛍が答える。

 翔以外の全員が女子社員だったのだ。

「日取りと場所は任せます」

 が、慣れているのか、その場の空気を気にせず、翔が蛍に話し続ける。

「何だったら実家に来て直接教えてくれてもいいし……」

 みづきと葵以外の女子社員全員がお昼休みの翔と蛍のやり取りを聞いているわけではないのでヤバイ空気がエレベーター内に充ちる。

 が、総務フロアがあるのが二階なので、すぐに一階に到着し、事なきを得る。

 エレベーターを降りるとエントランスは人でいっぱいだ。

 もう一台あるエレベーターが僅か前に着いたらしい。

「蛍さん、まっすぐ帰るなら電車の中でお話しましょう。その方が無駄がない……」

 翔が蛍を誘い、

「ええ……」

 仕方がなく蛍が答える。

 実際、蛍にとっても、その方が都合が良い。

 家に帰って考えるとなると健斗のいる場所で翔のことを思いださなければならないからだ。

 もっとも今回の翔の蛍への頼み事は恋愛に関することではない。

 だから、その点だけを見れば内容を健斗に話しても問題はない。

 何だったら健斗に翔に教える折り紙を選んでもらっても構わない。

 が、折り紙を通じ、蛍の心の中に広がるのは自分の翔への恋心だ。

 それを健斗に気づかれる可能性がある。

 そんな危険なことは避けるべきだろう。

 いや、避けねばならない。

 あの夜、健斗は蛍の恋心に気づかない。

 が、今回、翔の頼み事を健斗に話せば、少なくとも蛍の態度が可笑しいことに必ず健斗は気づくだろう。

 そうなれば、蛍は健斗に事情を説明しなければならない。

 翔のことを想い切った後でならばともかく、今現在、どんどん大きくなる翔への気持ちを抱いたまま、蛍は健斗に翔への想いを告げたくない。

 絶対にイヤだ。

 蛍がそんなことを考えながら歩道を地下鉄駅に向かって歩いていると、

「ゴメン。あたし、急な用事を思い出した」

 不意に葵が蛍に告げる。


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