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22 信

第二章 もう戻れない

「どういたしまして……」

 翔が夏海の言葉を受ける。

 内心で、本当に夏海が描く小説が売れて良かった、と思っている。

 が、半面、淋しく思う心もある。

 自分の母の結婚のことで心を悩ませていた当時の相沢夏海は、年齢的には翔より三歳大人だったが、子供のところもあったからだ。

 母親と新しい父親が仲良くしているのを見れば子供になる。

 応募した小説がコンテストに落ちれば子供になる。

 一瞬ではあるが翔より幼い子供になるのだ。

 女の子に戻る。

 が、今の夏海にそれはない。

 良い意味での子供らしさは残るにしても、すっかり大人だ。

 しかも自分に自信を持った大人。

 打たれ強い大人だ。

 相沢夏海の場合、十五年間も心を折られ続けてきたので、その痛みを知っている。

 最初から成功した人間は失敗を知らないから一度の失敗で挫折し易い。

 すぐに諦め、自分が傷つかない場所にまで逃げてしまう。

 ところが何度も失敗した人間は立ち直る方法を知っている。

 挫折をしても乗り越えられる。

 もう一度、挑戦しようという気持ちに戻れるのだ。

 それが強い大人。

 翔はそんなふうに捉えている。

 今、自分の目の前にいる相沢夏海、改名したから山口夏海が、そんな大人だ。

 約半年前、雑誌の編集者から電話がかかり、変貌する。

 その一月前、最終選考に名前が残る。

 さらに、その数か月前、夏海が書いた小説が初めて一次選考を通過する。

 あのときの夏海の驚いたような、困ったような笑顔が、翔には忘れられない。

 けれども二次選考に落ちれば、それも消える。

 翔は夏海の小説の二次選考通過を願ったが、それ以上は何もできない。

 まさか出版社に押しかけ、夏海の小説の良いところを懇々と説明することはできない相談だ。

 一度はそう考えた翔だが想いを変える。

 そんなことくらいなら、いくらでもやってやる、と……。

 けれども夏海に無断で出版社まで押しかけることはできないのだ。

 夏海に相談すれば、きっと翔を止める。

 一人だけズルをするのが厭な性格の夏海だ。

 翔まで悶々として過ごした数か月。

 遂に二次選考を通過だ。

 約半年前、入選が決まる。

 正確には佳作なので入選ではないが、専門の編集者が付き、作品も雑誌にも載る。

 その同じ時期に結婚式。

 大きなホールではないが式場を借り、厳しく執り行う。

 夏海の母が望んだので普通の結婚式となったが、翔もけじめがついた、と思っている。

 次が翔の入社だ。

 慌ただしい三ヶ月が過ぎ、現在に至る。

「ねえ、ドリアを食べない」

 ピザを食べ終え、イベリコ豚の皿が半分になると夏海が言う。

「ここのお店のチーズのやつ、美味しかったでしょ」

 と続けると、

「食べきれるの」

 翔が夏海に問う。

 すると夏海が、

「だって、翔が助けてくれるから……」

 ほろ酔いの笑顔で翔に答える。

「うん。じゃ、頼むよ」

 翔が言い、店員を呼び、その店自慢のドリアを注文。

 ついでに飲みもののお代わりも頼む。

 やがてイベリコ豚の皿を終え、暫く待っていると、

「次回作は傑作にするわ」

 夏海が翔に近い将来の抱負を述べる。

「まだ全然、編集の段階だけど、話自体はできているから……」

「チラッと見たけど赤だらけだったね」

「試されているのよ。ついてこられるかどうか、を……」

「何度もダメ出しされてウンザリしない」

「それが、わたしにも不思議なんだけど、却ってヤル気が出てくるのよ」

「ふうん」

「本当に、ふうん、だよ。会社の仕事だったら絶対にありえない」

「あはは……」

「だって、そうなんだから……」

「きっと教えるのが上手いんだろうね。で、結婚式の二次会に、わざわざ顔を出すくらい気が利いてて……」

「あのときは連絡をもらってびっくりよ」

「吉田さん、だったったけ……」

「そう。吉田次郎、五十歳……」

「ああ、五十歳なんだ。若く見えたけど……」

「あと十年で、ちゃんちゃんこ、だよ……って、今日の打ち合わせで言ってたからね」

 やがてドリアが翔と夏海のテーブルに運ばれる。

 それを食欲旺盛な夏海が半分以上平らげる。

「ああ、お腹いっぱい」

 夏海が言い、

「それだけ食べればね」

 翔が応じる。

「太るな」

「家に帰たっらスロトレでもしようか」

「そういうところ、翔はストイックだよね」

「太った夏海を見たい気もするけど……」

「いや、わたしはゴメンだ」


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