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18 悲

第二章 もう戻れない

 二杯目のカクテルはお酒を離れ、蛍は迷った末にアラウンド・ザ・ワールドを、葵はXYZエックス・ワイ・ジーを選ぶ。

 アラウンド・ザ・ワールドはジン・ベースのカクテルで、ミントリキュール(グリーン)とパイナップルジュースからなる。

 XYZは、ラムとキュラソーとレモンジュースだけからなるシンプルなカクテルだ。

 葵はシンプルなカクテルが好きなのだろうか。

 二杯目は葵と蛍、どちらが頼んだカクテルも、シェーカーでシェイクするだけ……。

 緑色のカクテル、アラウンド・ザ・ワールドには最後にグリーン・チェリーが飾られる。

 一方、白い色が魅力のXYZの方はワイングラスに継がれて終わり。

 XYZはアルファベットの最後の三文字だが、その名前の由来は『これ以上のものがない究極のカクテル』という作者の自信だという。

「葵、目が赤いよ。もう酔ったの」

 蛍が問うと、

「あたし、お酒が弱いわけじゃないけど最初からこうなるんだ」

 葵が蛍に答える。

「ちょっと色っぽくて可愛い」

 蛍が言うと、

「ありがとう。でも男の子に勘違いされることもあってさ」

 と葵。

「……」

 葵の言葉の意味がすぐにわからず、蛍が口を閉ざしていると、

「蛍、まったく、アンタは鈍いわね。結婚してるくせに……」

 葵が少し怒ったような声を出す。

「だからさ、惚れてポーッとしているんだろう……って誤解されるのよ」

 葵が蛍に正解を教える。

「なるほど。言われてみれば、そうか」

「で、男の種類にもよるだろうけど、勘違いした相手が強引だと、さあ、大変……」

「……」

「どうなると思う」

「さあ」

「少しは考えなさいよ」

「じゃ、キスを迫られるとか」

「ハズレ。あのときはホテルに連れ込まれそうになったな」

「それは大変……。で、逃げたの……」

「当ったり前でしょ。だけど腕力が強いから大変だったな」

「ねえ」

「何よ」

「葵は現在、恋人がいないの」

「残念ながらいないわよ」

「そうか。じゃ、誰か想ってる人は……」

「蛍は、どう思う」

「まさか、翔くんとか……」

「それはないわね」

「だって前には……」

「あれは一般論を述べたまで……」

「だって……」

「じゃ、教えてあげるけど、あたしが好きな人は、今、あたしの目の前にいるわよ」

 葵の言葉に一瞬蛍が考え込む。

「まさか、アユミさん……」

「蛍のバカ。あたしが好きなのはアンタよ」

 葵の次の言葉に蛍が目を白黒させる。

「うそっ」

 蛍がそう口にするまで数秒の間が開く。

「あーあ、あたしも嘘だと言いたいわ」

「じゃ、本当なの。それじゃ、さっきのアユミさんとの会話、わたしの聞き違いじゃなくて……」

「この前、気づいちゃったんだよね。蛍が翔くんに気持ちを持っていかれる姿を見ていて苛々する自分に……」

「葵、ごめん。葵の気持ちはありがたいけど、わたし、結婚しているから……」

「知ってるよ。入社して、自己紹介し合った最初から……」

「確かに……」

「でも蛍みたいに優しく受け止めてくれた例は稀だな。ノン気は大抵、気持ち悪いって顔するから……」

「……」

「別に、蛍はあたしのこと気にしなくてもいいからね。あたし、振られるのには慣れてるし……っていうか、これまでに叶った恋は一つしかないし、その彼女とも別れて二年になるし……」

「可哀想……」

「あたしには、アンタの方が可哀想だよ。結婚している男に惚れてさ」

「えっ」

「ホラ、やっぱり知らなかったでしょ。そうとわかっていたら、あんな冗談はしなかったのに……」

「それって、わたしを翔くんの方へ突き飛ばしたことよね」

「蛍が山口翔に近づいて、ちょっとだけでもドキッとしたら、いい気味だって思ったのよ」

「……」

「だけど蛍は翔くんが結婚しているって知らなかったから最初から歯止めが効かずに恋してしまって……」

「……だとしても、もう終わったのよ」

 蛍がそう言ったところで例のフレーズが頭の中に蘇る。

 終わった、終わった、終わった、わたしの恋が終わった。

 すると蛍の目にまた大粒の涙が溢れる。

 まるでパブロフの犬のようだ、と蛍は思うが、今のところ、この条件反射は治りそうもない。

「蛍さあ、好きな人が自分の目の前で泣いているところを見るのって、すっごく辛いんだからね」

 葵が怒ったような声で蛍に言い、。

「葵、ごめん。でも、わたし……」

 それを取り成すかのように蛍が葵に声をかける。

「まあ、今日はあたしがアンタの慰め役を買って出たんだから、蛍、いくらでも泣きなよ」

「……」

「あたしもさ、一緒に泣くから、それでスッキリしよう」

「うん、そうする」

 蛍が葵の提案を受け入れたとき、

「お嬢ちゃんたち、いきなり辛気臭くなったわね」

 呆れたように歩さんが指摘する。

「まったく困ったわね。そろそろ他のお客さんも現れる頃だっていうのに……」

 が、まるで困っているようには聞こえない口調で歩さんが続ける。


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