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14 泣

第二章 もう戻れない

「抗議って、そんな……」

 蛍の言葉に翔が戸惑い、そう口にしたとき、

 ジリリリン……。

 翔のスマートフォンから着信音がする。

「もしもし……」

 すぐに翔が出て、

「ああ、そう、わかった」

 通話相手と二言三言やり取りし、最後に言う。

 蛍の方を向き、

「用事が出来た。だからゴメン。今日は、オレ、蛍さんと一緒に帰れない」

 翔が一気に捲し立てる。

「じゃ、時間的に急ぐんで、これで……」

 続けて蛍に言い、エントランスから走り出す。

 が、社屋を出る寸前で振り返り、

「蛍さん、気をつけて帰って下さい」

 と蛍に叫ぶ。

 蛍を気遣ったのだろうか。

 ……と思うと、あっというまに街中に走り去る翔。

 その姿も優雅だ。

 蛍は暫くその場に立ち尽くしていたが、

「じゃ、わたしも帰ろうかな」

 自分を励ますように呟き、エントランスを抜け、社外へ……。

 夕方の都会の歩道に蛍を追う者や気にかけるものは一人もいない。

 今日の夕食当番は健斗だから、わたしは楽だけど……などと考えながら蛍がノロノロと帰路に就く。

 そんな蛍の後姿を、会社の窓から三田村冴子がじっと見つめている。

 先ほど、山口翔のスマートフィンに通話をして来たのは翔の妻、作家の相沢夏海こと山口夏海だ。

 小説の次回作のことで編集者と打ち合わせをしていたが、それが早めに終わったので、一緒にご飯でもどう、と翔にかけて来たのだ。

 翔は妻の帰りが遅くなると思っていたから、理由はわからないが不元気に見える蛍を駅まで送ろうか、と考える。

 が、さすがに妻より蛍を優先はしない。

 当然だ。

 現在、翔が向かっているのは古本屋が多いことで有名な都心の街。

 近くに出版社ビルがいくつか立つが大学も多い。

 そのため飲食店によっては値段の割に盛り付けの量が多い。

 翔や夏海はまだ若いから平気だが、お年寄りや初老のビジネスマンにはきつい量かもしれない。

 もっとも仲の良いお年寄り二人組がシェアをして食べている姿を時折見かける。

 そんな文化の街なのだ。

 雰囲気が優しい。

 一方、蛍はノロノロと地下鉄駅に向かい、歩いている。

 足取りは重いが、自分では、どうやら気づいていない。

 放心状態なのだ。

 終わった、終わった、終わった、わたしの恋が終わった。

 蛍の心の中では、そんな言葉がグルグルとまわる。

 泣く気はないのに目には涙が溢れてくる。

 嘘、まいった、ヤダ……。

 蛍は思うが、どうにもならない。

 自分で自分がコントロールできないのだ。

 会社帰りに泣いている姿を社員の誰かに見られたら、また別の意味で噂になるだろうが、今の蛍の頭にそんな考えは浮かばない。

 終わった、終わった、終わった、わたしの恋が終わった……がグルグルとまわっているだけ。

 一人で飲みにでも行くかな。

 でも、それだと健斗に連絡を入れなきゃならない……。

 だけど言訳が思いつかない。

 健斗は、わたしに対してだけは鋭いから言葉の加減でバレてしまったら困る。

 そんなことを考えながら蛍が歩く。

 地下鉄駅に通じる階段まで至ると、はあ……、と大きく溜息を吐く。

 眩暈ではなく、急に身体がガクンと揺れる。

 ……と、そんな蛍に声がかかる。

「蛍、アンタ、しけた面してるよ」

 中村葵だ。

「しかも泣いてんのかよ」

 いつの間に蛍の前側にまわり込んだのか、蛍の顔を見て、つくづくと言う。

「飲みに行くなら付き合ってあげるよ」

「……」

「最初の原因は、あたしだからね」

「原因って……」

「蛍、アンタ、翔くんのこと好きになったでしょ」

「……」

「大丈夫よ。健斗さんには告げ口しないから……」

「でも、ああ……」

「スマホ貸して……」

 葵が言うので蛍が翔から貰ったアクセサリーが二つ付いた自分のスマホを葵に差し出す。

 すると葵が慣れた手付きで蛍のスマホを扱い、健斗に連絡を入れる。

「あっ、健斗さん。中村です。中村葵です。えっと、済みませんが、これから少しの間、蛍さんを借してください。ぜったい夜遅くまで引っ張りまわしませんから、ご安心を……」

 立て板に水で葵が通話相手の華野健斗に事情を伝える。

 健斗からは、すぐに了承が得られたようで、葵がすぐにスマホを切る。

 蛍にスマホを返しながら、

「蛍に行きつけのバーとかある……」

 葵が問うので蛍は首を横に振る。

「じゃ、あたしの行きつけのバーでいいわね」

 蛍にそう言う葵の真後ろを通行人数名が迷惑そうにすり抜ける。


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