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手を伸ばしても、手に触れる事は無かった。
目の前に在るものは、匂いも重さも色も…何もないと思い込んでいるだけなのかもしれない…
誰もが気づいている…でも、それは余りにも当たり前すぎて、その大切さを誰もが理解している筈なのに、まるで無いもののように扱われる。
空気がもし無かったら、水がもし無かったら、そしてもしあなたがいなかったなら、…
目に見えず、耳に聞こえず、手で触れられず、…
いや、そうじゃなくて、目で見ていても、耳で聞いていても、手で触れていても、ただ感じられないだけ…
それは、在って無い存在なのだろう。
ただ、音もなく、感触もなく、匂いも無くて、
そして、空がただ青かった。
そんな、平凡な日の、何でもない、昼休みにわたしは見たというか、見えてしまった。
それは、なんの前触れもなく突然変化した。
正確には、なにも変わっていない。世界の全ては何も変わらない。
変わってしまったのは、きっとわたしの方だった。
目の前に拡がる無数の記号や文字めいた物が大気を覆いつくし、揺れ、飛び、蠢く、全ての物が、地の果てまで、文字で埋め尽くされた。
世界が極彩色の文字として変換され、幾重にも、重なりあった、文字は、無限の色合いを有し、結果、わたしには混沌の闇にしか見えなかった。
脳の血管かきれたか、それとも、急性の網膜剥離か飛蚊症か、視界の変化に耐えきれず、わたしは叫び声を上げていた。
ただ、その声は音がなかった。
確かに、叫んだはすなのに大気が微かに揺れただけだった。
そして何故か近所の犬と、上空を飛んでいたカラスが激しく鳴いただけだった。