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かつての空想の中では憧れていた魔術が存在する異世界。しかしそれが実在したことを知っても、その魔術が自らに振るわれ、あの熊のごとく醜く焼き払われるかもを考えるとちっとも明るい気持ちにはならなかった。知ったそのあと、こっそり思いつく限りの魔術の発現方法を試したが一切成果はなかったのだ。

 ああ、この異世界に俺をさらった何者かよ、どうしてチートを授けてくれなかったのだ。ふってわいた幸運すら碌に味わえずにこのような仕打ち、あんまりだとオーマはあうことも無かったどこぞの神に嘆いた。



 あくる日、一行は城壁に囲まれた都市に到着した。そこでようやく屋根のある生活となった。いわゆる奴隷の商館らしい。しらみのわいた布と藁の寝床だが露天よりはまだましであり、そのことに安堵してしまった自分に気づき、オーマは順応していく自分の卑屈さにまた涙した。

 ここでまたケイからあらたな主命を受けることとなった。どうやら連れて来た奴隷たちはケイからここの主へと移されるらしい。ここの主もまた金髪緑眼だった。

 館の中庭に集められた奴隷たちにケイがなにごとかを唱えた後、言葉をかける。今このときからお前たちの主はこの館の主であると。

今のオーマには理解できる。あの言葉は呪文だ。魔術には呪文が必要なのだ。そして言葉に魔力がこもっているからケイの言葉だけ分かったのだ。そうおもって観察するとケイの口唇の動きと聞き取った日本語とずれていることに気づき確信した。同時に疑問も得た。なぜか以前のようなつよい酩酊感はなかったのだ。


 ここにつれてこられた奴隷たちはあらかじめ出荷先が決まっていたようで顔なじみの男たちはいつの間にかいなくなっていた。

 館の小間使いから身振り手振りで雑務をふられ日々をすごすなかでいくつかの単語だけは覚えることは出来たがそれだけだ。逃げても、その先は、ない。魔術だ。魔術さえ習得できれば言葉が分かる。そうすれば、この状況から抜け出せる。自分は術にかかるごとに効き目が弱くなっている。つまり対抗しているのだ。これは自分に才能がある証左だ。そう思いひたすら人の目を盗んで魔術の習得に励む。今のオーマにすがれる希望はただそれだけだった。



 そしてオーマにも出荷の時が来た。小間使いにつれられて広間に並ばされた。そこいは既に奴隷たちが並んでいた。そして対面には商館の主と見覚えの無い男。この世界の基幹人とみえる日本人顔だがその身長は百八十センチはあった。金髪緑眼をのぞいて、この世界ではじめてオーマより長身であった。さらにその顎に蓄えた髭と筋骨隆々な肉体は身長以上に威圧感を出していた。

 男は主と会話しながら奴隷を一人一人検分していた。そしてオーマ自身も目蓋の裏や口腔内、そして。

(このクソ変態野郎が……!!)

男性器まで精査されてしまい屈辱にまみれた。

 全員一通り検分された後、オーマだけ残された。つまりお買い上げされたのだ。その場で三度目の所有者移管の魔術を受け、連れ出されることとなった。このときにはもはや酩酊感はなくなっていた。


 商館を男とともに出たオーマ。男に無言のままつきしたがうオーマ。男が不意に何事か唱えると言葉をかけてきた。

「お前、言葉が通じないそうだな。海の向こうからでもわたってきたのか」

「えっ」

「驚いたか。俺は魔術は使えるんだ。だからお前と話せる。おかげで言葉が通じない蛮人の値段でお前を買えた」

「蛮人……」


金髪以外で初めて言葉が通じた衝撃と蛮人価格という妙に自尊心を傷つける言葉に二の句がつげなくなる。


「とはいえ、安くない買い物だ。十二分に元をとるまで死ぬんじゃあないぞ。前の奴は一年持たなかったからな」


 豪快な笑い声を上げながらの言葉にオーマは慄いた。自分の辿る運命に全く笑えなかった。



 途中で服を買い与えられようやく腰巻一枚から人間らしい装いになった。そして一軒の建物まで連れて来られた。


「ここが俺、コランタンの率いるクラン"大剣"の拠点、青霧亭だ」


 この街では大きい部類に入る物のいかにも古めかしいボロ宿だった。もっとも日本の感覚と比べれば目に映るすべてがおんぼろの建築物にしか見えなかった。



 ここでオーマは彼のクランの荷物番として酷使されることとなる。コランタン達十二人は迷宮と化した遺跡に挑み、そこから財貨を得る冒険者であった。その中でもかなり実入りのいい部類であるらしくほぼ冒険者一本で暮らしているらしい。というのも冒険者とはあくまで自称であり、世間一般からすれば手に職をもたないならず者のことであった。実際、迷宮に挑んでも必ずしも財貨を得られるわけでなく、定期的な収入のないある種の狩猟民族であり、その矛先がしばしばより弱い人間にむくこともあって、冒険者とは食い詰めた者が砂粒よりも小さな奇跡を信じて挑む底辺稼業だった。冒険者といえば迷宮を這いずりまわって金目のものを漁る、ダンジョンクロウラーと蔑まれていた。


ここでオーマはコランタン一行に引き連れられ迷宮に挑むことになる。迷宮までの道すがらの荷物運び。キャンプの設営に炊事洗濯。迷宮のなかでも変わらず雑用は続いた。コランタンは豪快な見た目と裏腹に慎重派らしく決して無謀な深入りはせず入念な下調べをおこなって探索を行なっていたため意外にも迷宮内で危険を感じることは少なかった。また、日常的に会話できるのがコランタンのみで不便だったため意外にも彼から言葉と文字を学ぶことを申し出られた。こうしてコランタンの下で荷物運びや雑役夫をこなしていった。

 そして彼の下で直に魔術を観察する機会が増えたオーマは最後に残ったほのかな希望の火についに薪をくべることとなった。

 魔術を扱う素養は黒髪の普通人には少ないらしくコランタン以外には二人だけ。それもコランタンが実戦レベルの魔術を数秒で扱うのに対し、彼らは殺傷力のあるレベルの魔術を扱うのに数十秒から数分かかっている。

 それでも魔術には違いなかった。折に触れて彼らをほめそやし、ある酒の席でついに魔術の起動方法を酔いの廻った魔術使いに聞きだすことに成功した。


「いいかぁオーマぁ、魔術ってのは神様に選ばれた奴しか使えねえんだ。神様がこの世を創ったときに特別優れた奴にだけ使い方を教えたんだ。つまり遺跡を作った旧人たちのことよぉ。俺たち魔術使いはその血を引いているからつかえるんだぜぃ」

「するってと、あっしにはさっぱり使えないというわけですか」

「そのとおりよ!蛮人のお前には一滴も旧人の血が流れてねえんだからなあ」

「いやはや、おっしゃるとおり。旦那、この蛮人にどうかその尊い力の始まりを聞かせてもらいませんか、旦那の様な貴人の話となれば、この蛮人にも知恵のご利益となりますので」


あっしって、俺は何を言っているんだという自問自答にかられながら、管を巻きつつある赤ら顔から聞き出した起動方法とは、最初に魔力を体内に取り込むことであった。一度魔力を取り込めば、才能あるものならあとは自然と体が魔力のつくり方を覚えるという。そしてこの世界で魔力を得る方法といえば迷宮の怪物を破壊することである。オーマはここにいたり迷宮で安全だった理由がわかった。もしオーマが何かの弾みで魔法を習得すれば、この首枷をはずし、奴隷の水嚥下不能の呪いを振り切ってしまうかもしれないからだ。コランタンに抱きつつあった感謝の念が憎しみに変わる。結局、野営の技術や言葉を教えたのは利用するためだったのか!

 この日から迷宮の怪物を壊すことが新たな目標として浮かんだ。これまでの理不尽とコランタンへの憎しみでオーマには魔術が使えないかも知れないという可能性は脳裏から消えていた。

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