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草原2

取近市は架空の市です。

一人寂しく月明かりの下、オーマは草原を歩き続けていた。

わずかな涼風が歩きづめで火照った体を癒す。しかしオーマはいい加減疲れていた。幸い月のおかげで視界はよいものの、開けた草原はいつまでも広がっている。この変わらない風景とまるでこの世からたった一人自分を残して人間が消え去ったような孤独感にオーマは悪夢じみた焦燥を感じ、この悪戯を考えた人間は相当なイカレ野郎に違いないと確信していた。そしてついに歩きつかれ、草原に寝転がりまぶたを閉じた。草と土の匂いにつつまれる。田舎町に生まれたオーマの故郷匂いだった。大学卒業し上京し就職して以来、コンクリートに囲まれた都市の生活ですっかり味わうことのなかった故郷の匂い。


ふと手に何かの感触があった。

「っぁ!」

得体の知れない虫が手を這っていた。間髪を入れずにとびすさった。全身の肌が粟立つ。オーマが上京した理由の一つが大の虫嫌いであった。幼いころこそ虫取りに興じていたものの、気がつけば触ることはおろか見るのも忌避するようになっていた。


 そして驚愕で鋭敏になった感覚がさがった先でも草の隙間に蠢く何かを、風にまぎれる得体の知れない鳴き声を認めてしまった。こうなると大の男も形無しである。半狂乱になり駆け出した。つかれを感じ足を止めるたびに先ほどの感触がよみがえり、結局一晩中歩き詰めとなった。なおも変わらない風景と眠気と疲れとが精神を根こそぎ奪うこの単独行は、夜が明け照らし出された街道に気づくまでつづいた。

はじめて草原以外を認めたオーマは疲労忘れたかのように駆け出し、その踏み固められた街道に人の営みを感じ、崩れおち、あふれる涙を抑え切れなかった。張り詰めた緊張の緩和から猛烈な眠気につつまれる。耐え難い睡魔の中で、願わくば今宵すべてが夢であったと祈りながらオーマは目蓋を降ろした。






目覚めると見知らぬ男たちがオーマを覗き込んでいた。

驚愕に身が竦む。座り込んだままあたりを見回す。輝く太陽に照らされた広大な緑の草原が、昨夜の悪夢じみた単独行は現実だと清々しいまでに主張していた。そして自分を取り囲む男たちを認めた。

そのあまりに現実離れした姿に眩暈を感じる。


なぜ鎧兜を身につけている。

篭手や脛あてだけの者から金属の胸甲を身に漬けているものまで。その薄汚れた山賊染みた佇まいは如何にも普段からのものであると感ぜられる。


なぜ抜き身の刃物を携えている。

長い剣、短い剣、槍を握るものたち。その得物の輝きは如何にも何かを傷つけるためのものと感ぜられる。


そして、何より。


なぜ自分を取り囲んでいるのだ。その暗い色の瞳は如何にも獲物を前にした獣のそれであると感ぜられた。


正面の男が話しかけてきたが、何をしゃべっているのか全くわからない。

服装こそ指輪物語めいたファンタジーなものだが、どうみても黒髪黒目の平たい顔つきから出るフランス語めいた口調に違和感を禁じえない。まわりの男たちも平均的な身長のオーマより十センチは小柄に見えるが日本人にしか見えなかった。

もはやなにもかも作り物のようなこの状況にいっそ愉快さまでこみあがってくる。まるでドッキリテレビだ。そうだ、何も知らない素人をハメてその反応をみて楽しませるテレビショウだ。人はたとえ矛盾や疑問をはらんだ答えでも自らが安心できる解答こそが正解だと思うものである。オーマもまた自分の出した解答こそが正解であり真実であると結論付けた。そして、昨晩からの醜態を思い返し、ドッキリに気づいた自分を見せようとした。


「うわー、ドッキリですよねコレ。カメラどこですか」

「迫真の演技ですねー。何語喋ってるんですか」

「そのコスプレ、いかしますね。ハリウッドレベルじゃないですか。ちょっとさわっていいですか?」 

衝撃。

「あれ?」

顔面に衝撃が走る。何が起こったのかわからず痛みよりも困惑が先にくる。

男に殴られたのだと分かると痛みがこみ上げてくる。

そこからは袋叩きにあった。執拗につづく理不尽な暴力に抵抗する気力すら失った頃、身ぐるみはがされて素っ裸にされ簀巻きにされた。痛みと恐怖で朦朧とする意識の中で馬に騎乗している人物が増えたことに気づく。

 その男は美しかった。鋭角をかたちどる耳。陽光にさらされ艶やかに輝く金糸の長髪は肩の辺りで一くくりにされている。長いまつげがたたえる瞳はエメラルドだった。銀糸に彩られた白いローブをまとった男はオーマを痛めつけた男と二言三言かわすとオーマをみつめ何かつぶやく。途端に痛みが引いていき代わりに酩酊感がオーマを襲う。


「お前はどこの生まれだ?」

「……日本の取近市です。……日本語はなせるんですか!?一体これはどういうことなんですか!?」


 つい聞かれた通りに答えてしまったが、全くもって意味不明な状況の憤りを男にぶつけた。先ほどの酩酊感はもはやない。

 男は眉根を寄せるとオーマの質問に答えず、再び何事かつぶやく。すると先ほどよりさらにつよい酩酊感に包まれる。


「お前は奴隷か?」

「……奴隷じゃない」

「お前の名前はなんという?」

「……オーマ、黄摩次郎」

「オーマよ。ケイ・コンスタンチンが命じる。お前は今この時より我が所有物である。オーマよ、お前は私の奴隷となった。分かったか?」

「……はい、わかりました」


オーマの目から光が消えていた。今の彼には知る由も無い理由にて彼の意思は薄弱と化しているのだ。そしてその首に枷がはめられる。再び美しい男ケイが語りかける。


「この枷はけっして自らはずしてはならない。この枷こそがお前がお前たる所以。この枷なくしては一滴たりとも飲むことはできない。」

「……はい、わかりました」


 ケイの言葉は渇ききった大地に降る慈雨のように染み渡りオーマの心を満たしていた。


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