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第三話 「水色少女」

今日もまた、朝日が昇る。


「いよいよ、か」


遂に訪れた、依頼当日の朝。俺は身支度を済ませベッドに腰掛けていた。

念の為、宿屋の従業員にも協力してもらった結果、無事早朝に起きる事が出来たので、依頼の集合時間まではまだ時間が有る。

なので、余った時間で俺は昨日買ったばかりの、シンプルなデザインと耐久性、そして実用性に優れていると評判の人気ブランド「グーテンベルク」製の軍用鞄を取り出した。

なんとこの鞄、値段が高い代わりに、ヴァルフレア軍の正式装備にされる程の評価を得ているのである。


「携帯食料一日分に、口内洗浄用の薬草一週間分。ちり紙一袋に雑巾六枚。飲料製造用の水属性の下級原典にライター代わりの火属性下級原典魔道具。それに手鏡一枚、と」


口頭で鞄の中身を挙げながら、俺は点検を終えた。実は昨日もこの作業はしていたのだが、どうにも心配性なのか何度も確認してしまう。考えようによっては長所にもなるかも知れないが、我ながら困った物だ。

一見すると鞄の中身は少なく、大した物は入っていないようだが、戦闘で使うような物は全てベルトのポーチに装着しているので問題は無い。ポーチに付けられているのは、回復魔術が使える霊属性の中級原典魔道具一つに、色々な用途に使える短剣が二本。それと死霊魔術用の触媒が数点だった。

本来ならば霊属性魔術師である俺は、こんな物に頼らずとも自力で回復魔術を習得できるはずなのだが、どうやら俺の原典の癖が強い所為か、肉体を癒す魔術は覚える事が出来なかったのである。精神に関わる魔術は割りとあっさり習得できたのだが。

無念である。


「そろそろいくか」


俺は立ち上がると、チェックアウトの旨を宿屋の主人に告げ、外に出た。聖炎王国ヴァルフレア。その領地内であるこの町は、その名に恥じず暖かな気候と突発的な雨が特徴とされており、今日も快晴だ。

新調した、これまたシンプルで耐久性と通気性に優れたブランド「ルートダーク」製の黒いボディスーツと外套に身を包んだ俺は、集合場所であるアルティア南門へと足を進める事にした。

居住区の前にある、宿泊施設がならぶこの界隈を抜けて、一番広い面積を持った商業区を抜ける。

そうして、これでしばらくは食べれないだろうからと、途中でつやつやとした少し高めの林檎を一つ買い、かじりながら進むと、ようやく南門へとたどり着いた。


(流石、王都に近いだけはあるな)


俺は内心で独白する。人、人、人。人だらけである。

王都ヴァルフレアに近い事もあり、多くの馬車や旅人が出入りするこのアルティアの門には、今日も大勢の人が集まっている。だが、人が多ければ迷ったりしてしまう人も、その分増えてしまう。その為、此処には目印となる小さな時計塔が設けられている。

設けられている、のだが。


「……随分と分かりやすいな」


俺が合流すべきグループは、時計塔等がなくとも直ぐに発見する事が出来た。何故かと聞かれれば、理由は簡単だ。

――ぶっちゃけよう。俺が合流するつもりの彼らの格好、えらく派手だったのである。

目印にヴァルフレア王国の国旗。帯刀した小麦色の肌の、圧倒的な存在感を放つ青年と、それに寄り添うように佇む、豪奢な金色の髪を持つ美しい少女。そして、彼らを中心として集まる臙脂色の外套の下に、目の覚めるような赤い鎧を着込んだ集団が、そこにいた。

俺は支部の受付のお姉さんに、どこが極秘任務なのだと問い詰めたい衝動に駆られながらも、呟いた。


「正直、近寄りたくないのだが」


「――その考えに同感。私もあれは、少し困る」


俺のその少し呆然としたような言葉に、答える凛とした声があった。俺は思わず声のした方向、つまり横を向く。


「失礼、挨拶が遅れた。初めまして」


ぺこりと、お辞儀をされる。

そこにいたのは透明な印象を与える、水色のショートカットという髪型をした、十六かそこらの年と思われる外見の少女だった。


「ああ、初めまして」


俺もまた軽く頭を下げると、少女に言葉を返した。こちらをじっと見つめていた少女は、それを見て表情を変えずに頷く。

どうやらこの少女も、俺と同じ様にあまり表情筋が働かない性質のようだ。


「貴方も、遺跡調査の依頼を受ける人?」


「ああ。という事は、そっちもか」


「正解。ルシア・ティアロスト。AA級の傭兵。それと、水属性魔術師。よろしく」


「ご丁寧にどうも。俺はエルデェニオン・ダエリオス。A級傭兵で一応、霊属性の魔術師だ。こちらこそよろしく」


傍から見たら、お互い表情を一切変えずに会話する俺たちは、奇妙に思われるかもしれない。だが、俺たちの間に流れる空気は穏やかな物だった。

けれど、俺はルシアと他愛無い会話をしながらも、どこかで諦めていた。


(この少女も、俺の魔術を見れば気味悪がるのだろうか)


どうにも自虐的だという自覚はある。だが俺は、そんな愚かな事を考えていたのだ。


「でも、あえて良かった」


だが、突然そう呟いたルシアの言葉に、俺は硬直する。


「私、貴方にお礼が言いたかった」


「お礼、何の礼だ?」


何の事だか分からずに首を傾げる俺に、ルシアが微笑んだ。


「貴方がこの前助けてくれた、少女。彼女は私の妹。貴方の行動が後一歩遅かったら、私が彼を半殺しにしていた。そしたら、お店は血まみれ。もっと大事になった。なにより、妹が嬉しそうだった。――だから、ありがとう」


「……まいったな」


自分でも分かる、今の俺は真っ赤な顔をしているに違いない。

明確に言えば魔術師は「これこれこういう魔術が使えるから、君は○○魔術師」という風に公的に定められている訳ではない為、俺は人に自分を紹介するとき、自分を死霊術師ではなく、霊属性魔術師だと紹介する。

だが戦闘になれば、俺の扱う魔術がオカルト的で、少々見た目がよろしくないという事もあり、俺という存在には、この世界の怪奇小説にある『邪悪な死霊術師』というイメージが重ねられてしまう。

そうなれば勿論気味悪がられ、俺は孤立してしまう。

そんな中で出会った、自分の特性を理解した上でこうして話をしてくれる少女。

今までにもそうした存在が全くいなかった訳では無いが、それでもルシアの思いは暖かくて、心地良かった。

そして照れた俺は、頭を掻きながら派手な集団を見る。

――「今回の旅は、少し楽しくなるかも知れない」と、そんな予感に胸は躍っていた


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