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第二話 「売却戦争」

 握った手のひらが妙な汗を掻いているのを感じながら、俺は依頼の詳細を聞くと席を立った。何だか、自分がとんでもない事に立ち入ろうとしている気がして、妙に落ち着かないのだが、そもそも普段なら絶対断るような依頼を受けているのだから、やはり今日の俺はおかしいのだろう。何の変哲もない支部の廊下でさえ、異様に長く感じられる程だ。

 今生はまだ十八年しか生きていない俺だが、前世での時間を含めればその実年齢は、そこらのおっさんを遥かに超えている。だからこそ、幾ら肉体が若いからとはいえ、俺という人格はもう完成されていて、その分その精神は「通常よりも柔軟性を得ている筈だ」と思っていた。

 だが、それは大きな間違いだったようだ。俺もまだまだ、未熟である。


「若いなぁ、俺」


 反省しつつも前を向いた俺は、若干覚束無い足取りで、アルティア支部を後にした。

 ――さて、俺が受けた依頼の件なのだが。

 詳細を聞いて見るとこれはやはり、本来なら危険すぎて、俺が受ける事の出来ないレベルの依頼だった。その内容は、チームでの遺跡調査。

 軍の規律すら無視して、条件より下級の傭兵である俺に声が掛かった理由は「人員に欠員が出た為」らしい。どういう意味で「人員に欠員が出た」かという事は、恐ろしくて聞けなかったが、聞くのが怖い反面、聞いてみたい思いも有る。

 遺跡調査と言う事で拘束期間は長いが、その間に必要な物は支給はされるいう話なので、食料やら何やら、細かい物は此方で用意する必要はないという話だった。(ちなみに、雇い主の素性は、対面するその時まで秘密らしい)

 まあ、そうは言っても。繰り返すが俺もまだ、この町に着いたばかり。売り払う物品もあるし、痛んだ装備も整えたい。それに、支給品に俺の愛用する物が入っていない可能性もあるし、それ以外の消耗品だって常識のラインで、最低限は備えておく必要がある。

 と言う事で俺は、町を散策してみることにした。太陽が酷く眩しいので外套に付いた薄手のフードを被ると、俺は人並みを避けながら、商業区の中心へと向かって歩き出した。途中、露店でオレンジを一つ買い、かじりながら進む。


「……すっぱい、な」


 強い酸味に俺は、思わず顔をしかめた。日差しはまだ強い。

 取りあえず。俺は旅の邪魔になる物を売り払おうと、道沿いに大きく看板を掲げた「魔法具店マジック・ショップ」に足を向けた。

 路地裏沿いの店の方が、掘り出し物が置いてある可能性があるが、売却となると、こういう日の当たる場所にある店の方がいい。


「いらっしゃいませー」


 必要以上に精緻な細工が施された扉を開けると、愛嬌がたっぷりと含まれた声が、俺へと向けられた。

 声の主は少女だった。容姿は黒髪で童顔。華奢な体躯に 豊かな胸。わざとらしい位に大きく黒い眼鏡をかけ、髪型は狙ったかのようなツインテール。その顔には満面の笑顔を浮かべている。

「店長」と書かれた名札がついた、薄黄色のエプロンを着用した彼女は、可愛らしい容貌こそしているが「その本性は女狐である」と、長い経験によって育まれてきた俺の勘は告げている。


「何か御用でしょうかー」


 なので。

 間延びした声で首をかしげ尋ねる少女に、俺は少し引きながらも用件を伝えた。そしてその横目で、俺は店を観察する。

 店内には他の客もいたが、やはり男性客が多いようだった。それも、どこか特殊な性癖の持ち主であろう事を想像させるような、そんな風貌の男ばかり。

 少女の売り上げ戦略は、それなりに効果を発しているようだった。


「……あぁ、すまない。旅の最中に手に入れた品を、売りに来たんだが」


「ふむふむ、かしこまりましたー。物品の売却を希望ですねー。それでは此方にお掛け下さいー」


 ふわりと微笑む少女の目が、一瞬きらりと光った。それは間違いなく狡猾な商売人の目だ。

 案内された店の奥にある椅子に腰掛けると、少女もまた、俺と対峙するようかのように座った。


「さてと。……それでは売却される物品を拝見させて頂きますー」


 わきわきと手を動かし此方を見つめる少女に、俺は鞄から加工前の宝石のような形状をした其れを取り出し、少女へと差し出した。



「これは……。成る程、原典ですね! 透き通るような茶色、という事から属性は大地。ふむふむ。この大きさと質なら、加工すれば中級程度の原典魔道具が作成できそうですねー」


 少女はポケットから拡大鏡を取り出すと、熱心に原典を鑑定していった。

 原典とは、一部の人間が保有する魔力の貯蔵器官にして、魔術の記録器官の事だ。その半分は物理的物質で出来ており、もう半分は霊的な物質で出来ているとされている。だが、これが「原典」という名を付けられたのには訳がある。


 ――原典は保持者の死後、稀にその持ち主である人間の体内から、原石のような状態で発見される事があるのだ。


 神代の魔術師の弟子が、その師匠の亡骸から発見した「魔力ある宝石」を使用した所、それまでは使えなかった師匠の魔術の一部が、使用できるようになった。弟子はその後、その宝石を自らが書いた魔術理論の本に取り付け、一冊の魔道書として扱うようになったという。

 一説によると、これが人間の持つ魔力の源が「原典」と呼ばれるようになった由来らしい。

 かといって、原典は死んだ魔術師の中から必ず見つかる訳ではない。「凶魔王」の名で知られる、欲望のままに魔道実験を行った狂気の魔術師の残したレポートにより、原典には「死亡と同時に消滅する事が多い」という特性が確認されている。

 更に言うなら、その希少性と利便性から原典は高く売れる。その為、必然的に「魔術師が原典目当てに襲われる」という事例が多発する事になり、それに対応する為に、大抵の国では「魔法具店が原典を買い取る場合、その原典が殺人によって入手された物かどうかを確認し、もしもそれが殺人による物であった場合、速やかに軍警察に通報しなければならない」という法が制定されているのだ。

 さて、ここで問題になるのが「どうやってそれが、殺人による物か否かを見分けるか」という点なのだが、これには非常に分かりやすい見分け方が有る。


「うむうむ。それに何より、腐食の魔力を受けた影響が強く現れていますから、どうやら貴方が殺人を犯して手に入れたという訳でもなさそうです。これで安心して買い取らせてもらえますー!」


 そう。人間の、そして世界の天敵である、魔族・魔獣。彼らもまた魔力を有しているのだが、その魔力は酷く穢れており、それに触れた物を徐々に腐らせてしまう。

 これが俗に「腐食の魔力」と呼ばれる物なのだが、魔族や魔獣との戦いで命を落とした魔術師の死体から見つかる原典は、腐食こそしない物の、その存在に鑑定師なら発見する事が出来る、ある特殊な影響が現れているのだ。これにより、魔法具店はその真偽を見分けているのである。

 つまり、殺人で生まれた原典は綺麗。それ以外なら腐食済み。という事である。


「それは良かった。で、幾らぐらいになりそうだ?」


 少女の満足そうな顔を見ながら、俺は言った。少女が口元に指を当てて答える。


「うーん。そうですねー。このくらいでどうでしょうかー?」


 少女が示したのは、平均的な成人男性の年収ほどの金額だった。具体的に言うなら、100万ダラー聖金貨三枚。つまり、300万ダラーだ。

 この世界の通貨は魔族達が存在する事も有り、丈夫さが求められるので全て貨幣制である。

 その為にそれぞれ。


『100万ダラー聖金貨・50万ダラー聖銀貨・10万ダラー聖銅貨』

『1万ダラー金貨・5000ダラー銀貨・1000ダラー銅貨』

『100ダラー鉄貨・50ダラー鉄貨・10ダラー鉄貨・1ダラー鉄貨』


 といった感じになっている。

 前世の世界と比べると、奇妙に異なっていたり、同じだったりするのが面白い。

 その知識の上で、この金額を考える。

 確かに、一般人なら喜び小躍りでもしだすかもしれない大金だ。だが、俺はその金額に異を唱えた。この少女、やはり女狐だったらしい。

 少女の提示した金額は、中級原典の売却金額としてはあまりに、安すぎる物だったのだ。


「――其れは困るな。魔力汚染こそあれど、特に破損の見当たらない中級原典が三百万ダラーとはありえない。450万ダラー。それが相場だろう」


「あわわー。いやですよお客さん! それはぼったくりという物ですよー! ……この金額で不服なら、320万ダラーでどうですかー?」


「駄目だ。だったら420万ダラーでどうだ?」


「まだムリですよー! 高すぎですー、350万ダラーでどうですかー?」


 ばちばちばち。俺と少女の間に火花が飛ぶ。

 ――結局、原典の買取価格は382万ダラーで落ち着いた。だが、晴れ晴れとした少女の表情から推測するに、恐らくしてやられたのだろうと気づいた俺は、大きく溜息をつく。

 けれど金額が大きい為か、未だに庶民的感覚を有している俺にとってこの状況は現実感が薄く、それに財布の中に余裕がある今、より高く買い取ってくれる店を探すのは面倒だった。

 俺は少女の無駄に可愛らしい声を背中に、店を出る。

 ――店を出て見上げた空は、先程よりも日差しを増していた。


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