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プロローグ

 誰に告げる訳でもないし、詳細は省かせてもらうが、俺には一つの秘密がある。それは、前世の記憶があるという事だ。

 そして、その所為かは知らないが、俺にはある力が宿っていた。

 普通なら、それは喜ぶべきことなのかもしれない。だが、俺はその力の存在を歓迎する事が出来ずにいた。

 力があるからと言って、人が幸せになれるとは限らない。俺はきっと、その典型なのだろうと思う。

 何故なら、俺が持つその力とは、魔法が存在するこの世界においても異端な力。気味悪がれ、嫌悪される呪われた才能。

 ――俗に「死霊術師ネクロマンサー」と呼ばれる者の力だったのだから。


 喧騒溢れる夕方の食堂の中。可愛らしい看板娘が、忙しなく店を駆け回るのを見ながら俺は一人、静かに夕食を食べていた。

 手作りの味わい有るメニューから俺が選んだのは、暖かなポタージュスープにパン、それとチキンのセットだ。安価な割りに、既にこれを頼んでいた隣の客が、随分と美味しそうにチキンをほうばっていたのが決め手となった。実際、とても美味いので、頼んで良かったと思う。

 さて、柔らかさから考えると、このパンは出来立てのようだが、時間や手間の都合上、提携しているパン屋に卸してもらう所もあるらしい。果たしてこのパンはどうなのだろうか。

 俺はつらつらと、そんな無駄な思考を展開しながらも、ゆっくりと楽しみながら食事を勧めていく。脳内には前世での記憶にある、とあるサラリーマンの名言が浮かんでいたのだが、どうせ発言した所で、誰も突っ込みを入れてくれはしない事を想像し、空しいので止めておいた。

 なにぶん、自分は一人旅。友達など一人もいやしないのだ。


「――おい、ちょっと位いいだろう? 金ならあるんだ。楽しもうぜ?」


 そんな風に浸っていた所で、俺の思考は現実へと戻された。

 気が付くと周囲は先程までとは違った意味で、ざわついている。何があったのだろうか。

 そう思い、俺は顔を声のした方へと向けてみる。

 そして、嫌な物を見てしまったと、自分の行動を深く後悔した。


「なぁ、お前も嫌いじゃないだろう? 良い思いさせてやるからよう」


 ねっとりした声の、山賊を彷彿させる太り気味の、気持ちの悪い親父。そいつが、先程まで元気に働いていた少女の手をむりやり掴み、自分の腹の上に乗せようとしていた。おぞましい。

 正直本気で気持ち悪かった。正しく、見ているだけで不快という奴だ。


「いやっ、私仕事がありますし、そういう業務は承っていませんのでっ!」


 かわいそうに、少女はもう半泣きだった。こんな相手でも一応は客である為、立場上大きな声で助けを求める事も出来ず、少女はかなり困っているようだ。


「はぁ……」


 俺は一つ嘆息した。この店は家族連れの姿こそ見えないものの、それなりに清潔感があり決して、あんな柄の悪い男が出入りするような店ではなさそうだった。だから、これは店側の運が悪かったと言うしかないだろう。

 飲食店を営業していれば、空気の読めない底辺が客になる事も、さして珍しくない。

 だが。


「おい、いい加減にしたらどうだ」


 だからと言って、目の前の少女を見捨てるというのは、どうにも気分が悪かった。

 俺は食事を中断し、しかし席に座ったまま男の顔を見つめると、そう言葉を発した。


「んだてめぇ。何か文句あるっつうのかよ!」


 男が咆える。少女は怯えた眼差しのまま、けれど救世主を発見したかのような表情で、俺を見つめている。

 だが、俺はその二つの視線を受けて、早速後悔していた。

 これが嫌なのだ。この男を倒す事など造作もない。だが、事が終わった後にその表情に嫌悪や忌避の感情が浮かぶかと想像すると、既に今から気分が落ち込んでいく。

 けれど、事態は動き出しているのだ。もう止めることなど出来やしないだろう。

 だから、俺は体内に存在する、魔力を保管し、魔術を刻み込んでいる特殊器官。「原典」に意識を集中し、いつも通り感情が表に出ない自分を自覚しつつ、男に対峙した。

 既にストレスが溜まっている為か、普段よりも好戦的になっている自覚はあったが、もう止める気などはありはしない。


「――文句も何も、空気を読め」


「はぁ?」


 男が間の抜けた声で聞き返すが、俺の口はもう閉じやしない。


「常識を学べ! お前のような不細工が、いたいけな少女に触れようと思うな。ましてや他人に迷惑をかけるだなんて、豚の分際でおこがましい。お前の所為で食事は中断、この後はいやな視線を受ける事が決定された。どうしてくれる。身包みはいで全裸で道端に捨て置いてやろうか。いや、それはそれで気持ちが悪い。こうなったら路地裏の樽に、頭だけ飛び出る形で固定してくれようかっ」


 口を開くと、自分でも驚くほどの罵詈雑言が発された。

 周囲はこの長台詞に呆けているし、言われたとうの本人も「何を言われたのかが分からない」とでも言うような表情で突っ立っている。やはり気持ちが悪い。

 だが、静寂は時間にして数秒だった。ようやく内容を理解したらしい男が、怒髪天を突くといわんばかりに、唾を撒き散らしながらがなりたてる。


「……てめっ! 何もそこまで言うことねぇだろうが! ぶっ殺すぞっ!!!」


 醜悪な男の表情。しかし、俺に恐怖はない。

 少女は既に逃げ出して、厨房の方へと駆け込んでいた。これで懸念事項も無事消えた。

 だから、俺は意図的に口角を吊り上げた。


「いいから黙れ、豚。俺はロリコンとショタコンとホモが、だいっ嫌いなんだ」


「――ぶっ殺すっ!!!」


 激怒した男が此方に向かって殴りかかってきた。薄情な事に、俺と男の間に有ったテーブルは、危機を察知した客により諸共避難されており、遮るものがない。男との距離も、3メートルあるかないかといった所なので、距離は一瞬で詰まる。

 だが、そんな事は問題になどならなかった。原典によって編まれた魔力が、俺の魔術を発動させる。


「『怨霊縛呪レギオン・バインド』」


 呟かれた俺の声。それは自分でも少し驚く程に、低く済んでいた。

 精霊の力を借りるような魔術ならいざ知らず、俺のこの魔術には呪文を唱える意味がない。従って俺にとってこれは、原典から使いたい魔術を選ぶ際の、自己暗示のようなものだった。

 だが、その言葉とともに現れた変化は劇的だ。俺の身体から滲み出た黒い魔力が男に纏わりつくと同時に、男の身体が「何か」に拘束される。


「……ぎゃぁーーっ! たっ、助けてくれぇ!」


「「きゃぁーー!!!」」


 店中に悲鳴が反響する。それも、男だけではなく観客達含めほぼ全員による悲鳴だ。何故なら、俺の魔術によって実体化した物、それは。

 ――それは、半透明の腕腕腕。

 男の全身を這い、掴み、拘束し、怨嗟の声を囁くそれは。正しく万人が恐怖を怯える死霊の呪いだったのだ。

 そして、周りの予想通りの反応を確認した俺は、静かに魔術を解除する。だが、拘束された男は、既に魔術が解かれている事にも気づかず、立ち尽くしていた。この魔術には対象の精神にも若干のダメージを与える為、この程度の男なら、しばらくは悪夢に魘される事になるだろう。

 そんな風に考えている俺に、恐怖の眼差しが向けられる。仕方がないとは思うが、やはりいい気はしなかった。

 俺だって、できる事ならもっと格好よく、輝くような「魔法使い」でありたかったのだ。

 だが、嘆いた所で何も変わりはしないから、俺はこの力を使う。無力ではないという事。それは、自分の意思を貫くのに必要な、大切な要素なのだ。


「はぁ」


 俺は溜息を一つ吐くと「これで何度目の溜息だろうか」と頭の片隅で考えながら、重い腰を上げた。食事代は前払いなので、このまま店を出る事に問題は無かった。

 店内は静まり返っている。だが、俺は申し訳ないと思いながらも、どうしても我慢できない感情のままに、最後に爆弾となる一言を放つ事にした。


「おい、おっさん。……さっきの魔術は人殺しでもねぇ限り、大した効果は表れねぇんだよ。――てめぇ、今までに何人殺してきた?」


 瞬間、店内の視線が男へと向かう。俺はその光景を一瞥すると、苛つきを抑えながら店を後にした。

 俺は醜いものが好きではないが、それだけで他者を嫌いになる事もあまりない。それにも関わらず、俺があの男を侮蔑し、嫌悪していたのには理由があった。

 死霊術師である俺には、普段は制御しているのだが、それでも霊魂の声が聞こえてしまう事がある。そして、あの男を見た瞬間から、俺は俺にしか聞こえない、彼らの叫びを聞いてしまったのだ。

 ――この男に殺されたのだと。誰か、この恨みを晴らして欲しいと。

 だから、俺はその思いに少しだけ、手を貸したのだ。何せ、俺の魔術にはそれが出来るのだから。

 だが、だからこそ、こんな俺には仲間などいやしない。

 こんな気持ち悪い奴と旅をするものなど、中々いやしない。

 俺はこれまでの経験からそう自嘲しながら道を歩いた。

 だが。


「――まっ、待ってくださいっ!」


 店を出て数メートル歩いた所で、先程絡まれていた少女が、此方へと全力で駆けてきていた。その目は涙で潤んでいて、呼吸は随分と乱れている。

 俺はその様子を見て少し驚き、少女をじっと見つめてしまった。視線が合う。

 すると少女は、息を整えると此方の目をまっすぐに見つめて言った。


「お礼、お礼が言いたくてっ!」


 ああ、と、俺は深く溜息をついた。

 俺は結構ひねくれてるし、この世界には汚い物も溢れている。だけど。

 だけど、世の中にはこんな少女がいるものだから、俺はまだ世界に見切りがつけられないでいるのだ。


「……ん。ありがとな」


 俺は少女の頭を一つ撫でると、宿へと向かって歩き出した。足取りは先程よりも軽くなっていた。

 そうして俺は、空を見上げ。

「今日は何だか、気分良く眠りにつけそうだ」と、静かに微笑んだ。



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