『なろう』は『不正』に満ちている!
「『なろう』は『不正』に満ちている!」
その突然の声に、ハンバーガーに齧りついた少女は口内のパンズとパティを、ろくに咀嚼しないまま反射的に呑み込んでしまい、軽くむせた。
サ○エさん風に言うと「んがくくっ」である。
即座に烏龍茶のカップに手を伸ばし、渋みが強く安っぽい液体をストローで三口ばかり啜り込むと、少女は一つ溜息をつきつつ声の方へと振り向いた。
「いきなり何なの彰義。パクリでも見つけたの? それとも原文引用? もしかしてヘイト感想とか?」
その言葉に、文芸サークルの備品であるノートPCで何やら文章を見ていた少年は、画面から視線を逸らさぬままキーボードを打ちつつ応える。
「そういう直接的な話じゃなくてな。『小説家になろう』に投稿されている小説のうち、タイトルや紹介文に『チート』を含む作品が…ほら美津枝見てみろよ。ぱっと検索したところ一万を超えるんだ」
言われて少女…美津枝は、食べていたハンバーガーを袋に戻してテーブルに置き、少年…彰義の横に立つと画面に視線を落とす。
「うーん、確かにすごい数だけど、全作品数は31万弱あるのを考えれば、『満ちている』っていうのは言い過ぎじゃない?」
美津枝の言葉に、彰義はマウスを操作しながら応じた。
「そうは言うがな大佐、俺がよく見るファンタジーのジャンルだと、ランキングの上位に結構いるんだわ」
ふむ、と首をかしげる美津枝。
「恋愛ジャンルの、悪役令嬢祭りみたいな?」
「悪役ものね…」
ジャンル別ランキングから、恋愛ジャンルに画面を進める。
「確かにランキングだと目立つようだが…」
ブラウザのタブを切り替え、キーボードを叩き「検索」ボタンをクリックすると、彰義は首を振る。
「この通り、『悪役』を含む小説は千にも満たない。それを考えれば『チート』の一万超え、ちょっとクるものがあるだろう?」
「…確かにね」
美津枝は頷きながら、烏龍茶を軽く一口。
「でも、何でそんな事が気になったの?」
美津枝の言葉に、彰義は椅子ごと振り向いた。
「だってお前、『チート』ってどういう意味だと思う?」
んー、と少し考えてから、美津枝は口を開く。
「ちょっと強すぎる凄い能力とk「違うよ、全然違うよ」」
彰義は言葉を遮った。
「『不正』とか『ずる』とか、そういう意味だぜ。辞書の訳には『カンニング』も入ってる」
入学試験でカンニングなんて、普通は発覚したら即・受験資格剥奪である。
「ふーん」と首をかしげつつ、美津枝は目についた「チート」を含んだタイトルの説明文を斜め読みする。
「でも、見た感じ悪い意味で使ってる感じはしないよね」
「そこなんだよ気になったのは」
彰義はうんうんと頷く。
「『ギフト』とか『特典』、それか『追加能力』って意味合いで『チート』って言葉を使われると、どうもね。言葉の印象が変わりそうで嫌っていうか…」
「言葉の印象?」
飲み終わったカップを丁寧に潰しながら美津枝が問う。
「たとえばミッ○ーマウスの『マウス』。ネズミっていう意味だけど、別の単語である『ラット』とは印象が正反対なんだ」
「…どういう事だってばよ?」
鳴門でぐるぐるな言葉遣いをスルーして続ける。
「『マウス』はかわいらしい小動物って感じ。『ラット』は不潔な害獣のイメージだな」
んー、と顎に右手の人差し指をつける美津枝。
「つまり、本来『ラット』なイメージの『チート』って言葉が『マウス』なイメージになるのが気に入らない?」
「Exactly(その通りでございます)」
言いながら、彰義は無意味に両手で指パッチンをする。もちろん、何も真っ二つにはならない。
「数が多いだけあって面白い作品も結構あるだけに、もやもやするんだ」
「ジャンル自体は嫌いじゃないんだ?」
再び紹介文を斜めよみしながらの美津枝の言葉に「まぁね」と頷く。
「チートと称していても、実際はチートじゃない奴は楽しく読ませて頂いているよ。例えばこれとか…」
穏やかな昼下がり、オタク二人の会話はだらだらと続くのだった。
御不快に思った方がおられましたら、申し訳ありません。
補足;
コミュニティで使われている言葉をコミュニティの外にそのまま持ち出すと、齟齬が起きることがあります。
例えば「JK」という略…「女子高校生」のことだそうですが、私のようなオタクからしますと、どうしても真っ先に浮かぶのは「常識的に考えて」というフレーズです。もちろん日常で「JK」なんて言いませんが。
一時よく言い争われた「課金」も、日常では使わない上「料金を課す」立場にある人が圧倒的少数派であるため、「料金を支払う」という意味で使われた時点で「ネットワークゲームのヘビーユーザー」であると思ってしまいます。
こういう齟齬があった場合、どちらの意味で用いるべきかどうかは第三者的な権威に拠るのが公平です。
まぁ…普通、分からない言葉があれば、辞書を引きます。
そして辞書を引けば、Cheatは「不正・ずる・カンニング・詐欺・脱税」。
知り合い同士で話す分には「無双能力」でもいいのですが、本サイトは「小説家になろう」。
小説家に「なろう」と思っている、或いはそう思しき方が
価値観が必ずしも共通していない場に文章を出そうとして、
ごく限られた集まりでしか使われない言葉を、
暗黙の了解のごとく用いる…というのは
どうなんだろう、と思います。
でも「チート」をタイトルに掲げたまま書籍化している作品、結構あるようですね。
カプコン社のゲーム「ストリートファイター2」のキャラクター「ガイル」が海外版でもそのままなのにびっくりしたのを思い出します。
(Guileは「狡さ、陰険さ、狡猾さ」という意味です。元々、漫画に登場する悪役の名前が勘違いで付けられたせいですが、キャラクターの戦術にぴったりだったというオチが付きます)