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終章

 地中海の風が、髪を揺らしながら吹き抜けていく。

 ヨハンとの決着から二日が経ち、私は海辺で、コンクリートの上に腰掛けていた。

「うん……うん。大丈夫、体の調子はいいよ。そっちこそ怪我の具合は良くなった?」

 耳に手を当てて、目を閉じながら伯父さんと話す。私たちはお互いに近況報告をして、通信を切った。潮風の運ぶ海の匂いをいっぱいに吸い込んで、私は目を開ける。アトモスから見える空は晴れ渡り、波も穏やかだった。

 綺麗だと、素直にそう思う。イビュの言った言葉は確かだと思えた。海は、綺麗だ。

『エネルスは、大量に使用されると周囲の生物の神経を高ぶらせる性質がある』

 そう……イビュはあの戦いの後に言っていた。どうやら事件に介入したことはバレずに済んだようで、それでも色々と後始末には忙しかったようだけど。

『つまりCAの搭乗者は普通より素の自分が出やすくなる。お前を選んだのは、そういう意図もあった。ブラン、人間の本性っていうのは、本能じゃない。理性と本能、どちらを選択するかだよ。お前は理性を取って、あいつ――ヨハンは本能を取ったんだ』

 一度だけ突然会いに来たイビュは、最初も会った時もそうだったように一瞬で姿を消していた。言いたいことだけを言って去っていくのは実にイビュらしくて、私は苦笑してしまった。レクシルも、そのことを話した時には笑っていた。

 壊れたコルネイユは、今アトモスで修理中だった。きっと直れば私は様々な作戦に駆り出されるだろうけど、今は束の間の休暇に浸ることにしようと思う。

 そして――

「あの、ブランさん……」

 振り返ると、ティアナがそこに立っていた。プログラム関係に故障はなかったので、彼女もしばらくはやることが事務くらいしかないらしく、暇な時間を聞いてこの場所に来てもらったのだ。

「まず、言いたいことがある」

 私はティアナの瞳を覗き込んだ。正面から向き合って、言わなければいけないことだと思ったから。

「すまない――それと、ありがとう」

 ヨハンとの戦いの時……私は、ティアナと連絡を取った。初めて会って、鴉を助けたあの日。私は、彼女が体内端末を入れていることを聞いていた。そして作戦の前、レクシルから受け取ったチップには、その端末のアドレスが記録されていた。

 それがなければ、私はヨハンに負けていた。改めてそのことに感謝すると、ティアナは恥ずかしそうに謙遜する。

「いえ……調べるのに、時間かかっちゃいましたから」

「それでも、だ。忙しくてなかなか言えてなかったが……ありがとう」

 そう言うと、ティアナは私の隣に立った。

 不思議な気分だった。あの時も、ティアナはこうして私の隣で話していた。そしてまたあの時と同じように、ティアナは口を開いた。

「ブランさん。私も、言えてないことがあるんです」

「……? どういうことだ?」

「昔あった、デパートの占拠事件……覚えてますか? あの時、実は私そこに居たんです。EURの仕事が休みで、たまには気分転換をしようと……」

「なんだって……」

「私は、しばらく隠れていました。そして、犯人たちの会話でヨハンが居ることが分かったんです。すぐに……父の仇を取ろうと思いました」

 そこまで言って、ティアナは俯く。その声はほんの僅かに、震えていて。

「でも……駄目でした。銃は持っていたんです。けど、撃てませんでした……怖くて、引き金は引けませんでした……死ぬのが怖かったんです。撃つのが、怖かったんです……父の仇を取ってやろうと何年も追いかけてきた相手が目の前に居るのに、私なんにも出来ませんでした……見つからないように、影で震えてることしか……出来なかったんです」

 懺悔するように、ティアナはそう告白した。

 それが、ティアナの罪だったんだろう。父に復讐を誓っておきながら、それが出来なかった自分をずっと責めていたのかもしれない。それを私に話すのは、勇気の要ることだったはずだ。、

「そうしてる間に、ブランさんが事件を解決しました。それで私、ブランさんのことを調べたんです。たぶん、憧れに近い感情だったと思います。自分には出来ないことをやってのけるこの人は、きっと冷酷で、淡々と任務をやってのけるような、そんな人なんだと、勝手に思ってました。でも……あの日会ったブランさんは、鴉を助けてくれました」

「…………」

「それで、私気付いたんです。ブランさんは、私も助けてくれていました。私だけじゃなくて、あのデパートに居た人も……今回の事件だって、ブランさんが居なければ大勢死んでいたと思います。だから……私、ブランさんと友達になりたいって思ったんです。復讐とか、理屈とかそういうのじゃなくて……本当に、素直にそう思ったんです」

「ティアナ……」

「私は、ブランさんのおかげで、今ここに居られるんです。だから、ありがとうございます。……あはは、やっと……お礼、言えました……」

 そう言って、ティアナは不器用に笑った。それでも、私には凄く純粋な微笑みのように感じられた。きっと、そういう力がティアナにはあるのだ。

 私にはないもの。そして、私にしかないもの。

 鳥が舞う空から、一枚の羽根が落ちてくる。白い羽根。私はそれを掴んで、呟いた。

「なあ、ティアナ。私は――誰なんだろう……?」

 奇妙な質問だった。脈絡も、意味もないような不思議な問い。

 けれど、ティアナは少し考えてから、

「ブランさんは、ブランさんです。それ以上の区別なんて、必要ないと思います」

 少し強い風が吹き抜けた。

 手のひらから羽根がさらわれて、ゆらゆらと揺れながら飛んでいく。

 私は、自分の手を見た。

 銃を握った手。引き金を引いた手。

 様々なことをした手だったけれど、それは私の手だった。

 私だけが動かすことの出来る手だった。

「そう、だな……」

 だから、私は手を伸ばす。

「私は、私だ。他の何でもない。自分がどうあるべきかなんて、自分で決められる」

 私は選べる。どう生きるべきなのか。どうあるべきなのか。それが、私だ。

「ありがとう――ティア」

「あ……はい、ブランさん!」

 私の手を、ティアは握る。銃とは違う、温かくて柔らかい感触。

「そういえば、あの鴉はどうしてる?」

「あ、はい! 怪我は良くなって、もう少しで飛べるようになると思います」

「そうか。もし放す時は私も呼んでくれるか?」

「はい、勿論です!」

 誰かの手を取ること。誰のために、何をするのか選ぶこと。

 きっと、それこそが兵器には出来ない選択なんだと思う。生まれや、造られた存在かどうかなんて関係ない。少なくとも、私はそう信じられる。

 それだけでいい。

 それ以上は、必要ない。





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