幕間
「……ヨハン・エックハルトだな?」
二年前。デパートでの人質事件の時、私は男にそう聞いた。
ヨハン・エックハルト。国際的に指名手配されている犯罪者。数えきれないほどの罪状を抱えたこの男は、今回の事件の主犯だった。殺戮、破壊の化身。様々な名で呼ばれる男、ヨハンは歯の隙間から息をもらすように笑った。
「ふ……ふ、ははははは、そうさ、その通り。僕の名前はヨハンだ。これで満足かい」
「…………お前はなぜ――」
「こんなことをしたのかって聞きたいのかな? 犯罪者の心理が気になると?」
両手を背中側で拘束されながら、それでもヨハンは実に楽しそうにしていた。私は不快であることを隠さずに、大きく舌打ちをする。
「不快なのかい? 犯罪者っていうのは皆こういうものさ。直接会ってみれば普通の人間ならばその気味の悪さにもう関わりたくなくなる。それが正しい反応だよ。しかしそれでも人は犯罪者のことを知りたがるんだ。理解出来ない人間の思考を見て、それを娯楽にしようとする。そう、それも正しい反応だ。正常の尺度にもよるがね」
「饒舌だな。普通に黙っていられないのか?」
「無理だね。だって僕は犯罪者だ。異常であるに決まってる」
ククク……、とヨハンは背中を震わせた。そして、突如顔を勢いよく持ち上げた。
長く黒い前髪の隙間から見える瞳を、少年のように爛々と輝かせて口を開く。
「だから教えてあげるよ! なぜ僕が罪を犯すのか? 人を殺して物を壊して尊厳を蹂躙していくのか? 全ては破壊のためさ。この快感とカタルシスを得るために僕は生きているんだよ! それ以外に理由はいらない、それだけあれば僕には充分な理由足り得るのさ」
「それで、それだけのために人を殺していたっていうのか?」
「言っただろう? 充分さ。まさか、君のような少女に妨害されるとは思っていなかったけどね。爆弾を解除して、気づかれないよう全員を無力化して……君は一体何者なんだ? 普通の人間じゃないよ、君は。異常、そう……異常だ!」
「…………!」
私はヨハンに歩み寄る。そしてその眼前の床に思い切り足を叩きつける。
怯みもせず、ヨハンは笑っていた。ただ、笑っていた。
「私をお前なんかと一緒にするんじゃない」
「一緒にするなだって? その判断が正しいと君に言えるのかい? そう言い切れるほど君は常識的な人間か? 君の能力は異常さ。君は倫理を説けるほど綺麗な人間じゃない、いや今そうであったとしてもいつか君だって人を殺す時が来るはずだ。それとももう経験があるかな? 認めなよ……君は異常なんだ。まともな人間じゃない……普通には生きられない、そんな人間だ」
「黙れ。…………お前は犯罪者だ。刑務所で、精々罪を償え」
私はヨハンに背を向け、歩き出す。これ以上は話しても無駄だと思ったからだ。
その時、背後から叫ぶように声が張りあげられた。
「覚えておくといい。僕は必ず出てくるぞ! そしたら最初に壊すのは君だ! 心も体も全部壊して壊して、ぐちゃぐちゃになるまで壊し尽くしてやるよ……!」
「……っ!」
高笑いがデパートの吹き抜けに響き渡る。
まるで狂気が反響して伝搬していくような錯覚がして、私は歩く速度を早めた。
なにも、言い返すことは出来なかった。私は、自分が普通の人間ではないことを自覚してしまっていたから。兵器として生まれ、育てられた自分が普通でないことなんて、とうの昔に気付いていた。私は……私は、兵器なのだと。
それでも。
それでも、私は――




