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ii.

「早川は、あの後どうしました。学校はまだ休んでいるようだ。母親には会ったんですか」

「ああ、それだ。断っておくが、これは個人の秘密で、一生徒にはいえないことだ」

「わかっています」

「けど、おまえには伝えておこうと思ってな。やっぱり気になるだろう」

「ええ、まあ」

「早川の傷は、見た目ほどはひどくなかったようだ。傷の量は多かったが、早めに止血したのが効いたか、病院に着いたときには血はほとんどとまっていた。縫わずに済んだよ。跡は残るらしいがな。自分でやったとは、ずっと思い出せないままだった。竜に呼ばれてしたことだったのかな。精神科的な症状でも、そうやって記憶がなくなることがあると聞いたが」

 おそらく両方の要素があったのだ、と慧は思う。竜に取り込まれ、呼ばれたのだとしても、そういう精神状態に元々あった。それほど彼女を取り巻く環境が厳しかったということだろう。

「母親の交際相手の方は、かすり傷だったらしい。母親がその後会ったそうだが、母親には何もいわなかったようだ。自分が悪いんだからなあ。どうしてみようもない。母親は、早川に起きたことが信じられず、相当動転していた。ほとんど錯乱といってもいいくらいだった。あまりに具合が悪そうだったから、母親の方も診察してもらったんだ。早川も可哀そうに。母親の具合が悪くなったら、彼女の方が冷静になってな。いつもあんななんだろう。あれじゃあ、母親に相談なんてできるわけない。まだ、ほんの子供だっていうのに、ひどい話だ。魔物の影響を受ける状態にもなるだろう」

 高野は溜息まじりにいう。慧は黙って頷いた。

「早川は、当面祖父母の家で暮らすことになったよ。母親もそんなでは当てにならないから、実家に連絡させてもらったんだ。母親は渋ってたけど、どうしようもないだろ。多少、強引だったかもしれないけどなあ。そしたら母親の両親が飛んできた。両親は、ずっと早川親子を心配していたそうだ。けど母親の方が、交際相手のことをとやかくいわれるのが嫌で、実家に近づかなかったらしい。早川が学校を休みがちになっていたことも知らず、早川の様子を見てショックを受けていたよ。母親も、精神面のフォローを受けることを勧められていたから、専門のところに行くことになるだろうが、例の交際相手と今後どうなるかはわからないし。早川は暫く祖父母の家にいる方がいいんだろう。本人は嫌がっていたけどな。客観的には、とてもいい親とは思えないけど、彼女にとってはやっぱり大事な親だ。母親が幸せなら、自分は我慢してもいい。そう思っているようだった。気の毒にな。いっそ憎んで離れられれば楽かもしれないのに──いや、それもやっぱり辛いか。難しいな」

 高野は半分独りごとのようにいっていた。確かに難しい、と慧も思う。誰も麻美の辛さを、肩代わりすることはできないのだ。

「早川は、傷の具合が落ち着いたら学校に来るといっていた。病院に通ってカウンセリングを受けることになったし、児童相談所にも連絡して、今後親子のケアを調整してもらう方向だが、彼女が背負っていかなければならない問題は多いよ。学校も含めて、大人たちがどれだけ彼女を助けられるか」

 そう。誰も彼女の背負うものを、代わりに背負うことはできない。できないが──。

「だけど、たぶん──何もかも隠して一人で抱えていたときよりは、ずっとましだと思いますよ」

 慧はいった。本当にそう思っていた。高野がじっと慧を見るのがわかったが無視した。 暫くして、高野が頷く気配がした。そうだな、と呟くようにいう。何ごとか納得したらしい様子だった。

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