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傷の痛みは次第に強まり、ベッドに入った後もなかなか寝つけなかった。真夜中を過ぎ、家中が静かになって、うとうとしかけた頃に夢を見た。
魔物たちの気配があった。自分を狙っているのだとはっきりわかった。近い。彼らの囁く声が聞えるようだった。
──子供だ。うまそうだな。
──肉が柔らかい。
──こいつ、術者だ。エネルギーが高い。喰えば、おれたちの力になるぞ。
向こうの力も、そんなに強くない。しかし相手は複数だ。どうする。自分で考えて決めなければならない。やらなければ、きっとやられる。殺されて跡形もなく──いや、もしかしたら、生きたまま喰われてしまうかもしれない。
相手を殺す気はなかった。彼らの攻撃を撥ね除けただけだ。加減がよくわからず力任せではあったが、そのつもりだった。
自分の力が思った以上に強いと知ったのは、一瞬後のことだ。獣にも似た小さな魔物たちが三匹、目の前に倒れていた。血塗れだった。慧の身体も血で汚れていた。生臭いにおいが鼻をつき、手足が震えた。
彼らは死んだ。自分が殺したのだ。震えがとまらなかった。
慧は目覚めると同時にベッドの上に身を起こした。身体の奥に違和感があった。口元を手で押さえる。吐きそうだ。慌ててベッドから下りて部屋を出た。
常夜灯にぼんやり照らされた階段を駆け下り、トイレに入る。ぎりぎり間に合った。消化しかけの夕食を二回でほとんど戻した。苦しかった。喘ぎながら、暫くそのままでいた。もう出るものもないだろうと思う。それでも、今はどこにもついていないはずの魔物たちの血のにおいが生臭く辺りに漂っている気がして、周期的に吐き気がこみ上げた。
その間隔が多少長くなったのを見計らい、慧は立ち上がった。いつまでもこんなところにいては、家族に見つかる。足元がふらつき、胃が痛んだ。胃薬を飲んでおいた方がいいかと、そっとリビングへ行った。夕食後に返しておいた救急箱を再び使おうと棚に向かう途中で、ローテーブルの上の煙草に気づく。父が寝る前に吸って、そのまま置いていったのだろう。
その頃はまだ、喫煙に関して人々はそれほど神経質ではなかった。歯科医の父も堂々と煙草を吸える牧歌的な時代だった(その後、父は禁煙した)。食後の喫煙を、父は特に好んだ。他のものがまだ食事中だと、母は露骨に嫌がった。煙草の煙のせいで料理の味がわからなくなる、というのだ。わからなくなるということもないだろうと慧は思っていたが、確かに煙草のにおいの力は大きい。一時的にその場のすべてを覆うほどの強さがある。
そうだ。これで血のにおいも消せるかもしれない。そう感じた慧は、救急箱の代わりに父の煙草を手に取った。中身は三分の一ほど消費されていた。空いた隙間にライターが入っている。持って自室へ戻った。
部屋ににおいが籠るとまずいので、窓を少し開けた。雪が降り出していて、外はほんのり明るかった。冷たい風が吹き込んでくる。吐いたせいか、少し熱っぽくなっていた顔に当たり、心地よかった。
煙草を咥えて火を点けてみる。吸い方がよくわからない。テレビなどで見ると、初めて煙草を吸ったものはよく咳き込んだりしている。軽く吸うだけなら、とりあえずそうはならないようだった。煙草の先から細い煙が立ち上り、枯れた草が焼けるにおいが広がる。身体に纏わりつくように漂っていた生臭さが、ようやく消えた気がした。窓辺に寄りかかり、落ちてくる雪を眺めながら、暫く燻らせていた。
吐き気は消えていた。精神的なものだ、と慧は思った。きっとこれから、あんなことは幾らでもある。大丈夫だ。じきに慣れる。
実際そういうことは、その後、幾らでもあった。しかし、とても慣れたとはいえないまま二年以上が過ぎ、慧は中学三年生になっていた。




