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ii.

 深夜に目を覚ました慧は、再び吐いた。

 暗闇に紛れて、そっと家を抜け出す。月のない夜の中、海へと向かった。

 松林の間を風が抜ける音がする。波の音も聞えてきた。砂に足をとられながら波打ち際まで行く。風が強かった。髪が吹き乱れ、服を煽られる。少し息が切れてきた。二度も吐いたせいで消耗しているのかもしれない。指先も微かに震えていた。

 暗い夜だった。悪夢の続きが展開しそうだ。魔物たちが慧を見ている。彼らの血が飛び散る。こみ上げる吐き気を慧は堪えた。

 ポケットから煙草とライターを取り出す。火を点けようとするのに、手が震えてライターをうまく操作できなかった。風も強過ぎた。何度試みても駄目だ。どうなっているんだ。忌々しく思ううち、ライターを落としてしまった。慧は溜息をつく。よりによって、こんなに暗いときに。暫く探したが見つけられなかった。諦めて砂浜に座り込んだ。

 膝を抱えて風と波の音に耳を傾ける。海は見えない。何も見えない。暗闇が彼を包み込んでいる。このまま闇に呑み込まれるのではないかという恐怖が、胸の内を掠めた。

 どうかしている、と思う。高野にいわれた言葉のせいだろう。

──怖がっているのは、おまえの方なんじゃないのか。

 怖がっている。そんなふうに感じたことがあったろうか。慧は自問してみる。なかったはずだ。ただ、あの血のにおいが苦手なだけだ。彼らの血。自分が、自分の力が、彼らに流させた──。

 身体が震え出すのを、慧はとめることができなかった。欲望剥き出しの魔物たちのおぞましさが甦ってくる。そんな連中にいつ襲われ殺されるかと慄きながら──相手を手にかける自分だって、きっと彼らと大して違わないのだ。どうしようもない。他にどうしろというのだ。ひたすら逃げまわり、最後は諦めて喰われるのが正しいのか。そんなことが誰にいえる。

 本当はずっとわかっていた。怖ろしくないはずがない。高野に指摘される間でもなかった。けれどそれは、考えても意味のないことだった。考えたところで、現実からは逃れられないのだから。

 再度こみ上げてくる吐き気を、慧は必死で堪えた。夜明けの光が射して辺りがほの白くなり始めるまで、彼は立ち上がることができなかった。


 家に着いたときはもう、辺りは明るくなっていた。新聞配達のバイクの音がどこからともなく聞えてくる。広沢家には既に新聞が届いていた。

 眠ることもできないまま、朝食の時間を迎える。食欲がまったくなく、手をつけられなかった。こんなことは今まで一度もない。具合でも悪いのか、と父親がうるさくいい出した。遅くまで勉強していたせいだ、と慧は応じた。

「受験生だからって、何も今からそんなに」母親がいう。

 そうか、自分は受験生だったか、と思った。忘れていたわけではないが、母がそんな世間一般的なことをいうとは思わなかった。

「あまり無理をするなよ」

 納得した様子で父親がいう。単純なものは欺きやすくて楽だ。

 奏の目だけは誤魔化せなかった。心配そうにみつめる瞳と視線が合う。弟に笑ってみせるだけのエネルギーは、辛うじて残っていた。

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