v.
その後高野は、慧を探しまわった。教室にまだ鞄が残っている。校内にいるはずだった。なかなか見つからず、鞄を置いたまま帰ってしまったかと諦めかけた頃、体育館脇の男子トイレの近くでやっと捉まえた。
先刻のことなどなかったかのような無表情ぶりだが、幾らか蒼ざめている。気分が悪そうだった。当然だろう。気づかぬふりで通り過ぎようとする慧を呼びとめた。
「大丈夫か」
「危険なところへ近づくなと何度いえばわかるんです」
高野の言葉を無視して慧はいった。
「いや、吹奏楽部の連中が喧嘩したらしくてな。まずいと思って」
「まずいのがわかっていて、来たんですか」
「それは──おまえが、気になって、つい」
「つい、何です。気になったからといって、あなたに何かできるんですか。おれの代わりに、あれを何とかするとでも? 無理ですよね。自分の身を守るのがやっとなのに」
その顔と同じく、ほとんど表情のない声で慧はいった。怒って突っかかってでも来るなら手の出しようもあるのに、と高野は思う。こいつは怒りの欠片さえ見せない。取りつく島がなかった。
「今は、同じことがいつまた起きるかわからないんだ。無謀なことはやめて、大人しくしていてください」
「それはそうなんだが、その、さっきの」
口ごもりながらいった。
「いきなり殺さなくても──よかったんじゃないのか。もう少し待ったら、やつらは逃げ出したかもしれないのに」
「悠長ですね、あなたは。やらなければ、こちらがやられるんですよ」
慧はあっさりいって、背を向けようとする。高野は微かな血のにおいを嗅いだ。先ほどの魔物たちのものだ。慧に纏わりつくように漂っている。
「血のにおい」
思わずいうと、慧の動きがとまった。刺すような目を高野に向ける。その鋭い光の奥に、揺らめくような慄きが一瞬現れて消えた。
「前にいってたな。あのときは感じなかったけど、今はするよ。魔物の血のにおいだ。気になるんだな。もしかして──だから、煙草を吸っているのか」
慧は答えない。目を伏せて、その場を去ろうとする。高野は慧の腕を掴んで、彼を引きとめた。
「離してください」
「ずっと一人で、あんなふうにしてきたのか」
「あんなふうに? あんなふうに魔物を殺してきたのか、ですか。そうですよ。十二のときからだ。大して長い期間じゃない。どれくらい殺したかも聞きたいですか」
「やめろ。そういう意味じゃない」
「いちいち数えてないから、わかりませんよ。おれが怖いんですか」
「違う。おれは、おまえが心配なんだ。怖がっているのは、おまえの方なんじゃないのか。平気なはずないだろ。だから、煙草だってやめられない」
「離してください」
慧はもう一度、高野がたじろぐほど冷たい口調でいった。思わず手を離すと、今度こそ背を向けて、慧は去っていく。高野はぼんやりと、その後ろ姿を見送った。
あなたに何かできるんですか、か。まったくもって、そのとおりだった。高野が慧にしてやれることは、ないに等しい。
それなのに──己の無力さを痛感した高野は、自嘲気味に思った。この頃、いったいどうしたんだ。おかしいぞ。他人と深く関わらず、地味に暮らす主義はどこへ行った。いわれたとおり、自分の身を守ることだって危ういのに、危険地帯にまでのこのこ出かけていって、しつこく術者に関わったりして。挙句、冷たくあしらわれているのだ。これはもう、勤勉の域を越えている。マゾにでもなったんじゃないか。この物好きめ。
と、思ってみても──それでもやはり、慧のことは放っておけそうになかった。




