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学校へ戻る車の中で、慧は一言も口をきかなかった。いつもの無表情をちらちら横目で観察した高野は、内心不安を抱いた。余計なお喋りをしないのも、表情が読めないのも、慧の常態ではあった。しかし今日のそれは、煩悶を隠すために殊更、と高野には思えたのだ。自身が思い煩っているために、そう見えただけかもしれないのだが。
封印は難しいかもしれない、と彼はいった。いったいどういう意味だろう。彼の力が足りない、ということだろうか。この間の霊符の効き方からすれば、とてもそうは思えない。麻美の方は確かに、慧の霊符の力でどうこうできない状態になっているが、井戸の中のものの影響を受けてのことだ。大元が消えれば彼女だって落ち着くはずである。もしかすると、本来なら三日では時間が足りない、ということなのかもしれない。
術者でない高野には、その辺りの細かいことはわからなかった。わからなかったが、何にしても大変な作業だという想像はつく。そんな負担を慧一人に背負わせてよいものか。といって高野に何かできるわけでもない。もどかしい限りだった。
どうしてみようもなく、慧にかける言葉もないまま、学校に着いてしまった。慧が軽く頭を下げて車を降りる。無言で去っていく彼の後姿を見て、高野は溜息をついた。
問題はまだあった。麻美のことを木村にどう伝えるか、である。車を降り、歩きながら考えた。兎のことは、慧もいっていたとおり彼女がしたことなのだろう。覚えていない、というのも気がかりだった。魔物に取りつかれての行為なのか、ストレスから精神を病んでのことなのか。魔物絡みの部分は慧が処理するのを待つしかない。井戸の件が片づくまで、麻美のことは棚上げするしかなさそうだった。
その前に母親だ。母との喧嘩──それも痣ができるほどの。事実なのだろうか。限りなく怪しい、と高野は思った。喧嘩でも喧嘩でなくても、これも放ってはおけまい。
職員室に着くと、木村が待ち構えていた。
「ああ、高野先生。遅かったですな」
「すみません。家にいなくて、暫く待っていたもので」
「会えましたか」
声を潜めて訊いてくる。
「ええ、はい」
「どうでした。今日は何か話しましたか」
「ええ、まあ。身体の具合はやっぱりよくないみたいですね。倒れたり、息苦しくなったりするみたいで。学校に来られないのも、息苦しくなるのが怖いからといってました。病院へ行くようにはいったんですが、精神的なことが原因なのかもと──」
「病院? 精神的って、まさか精神科へ行け、とかいったんじゃないでしょうね」
「いえ、違いますけど」
「私たち、そっちの専門家じゃないですから。そういうのは、まずは養護の先生とかカウンセラーとか勧めて、こう、段階的にした方がいいと思いますよ。いきなり病院へ行け、じゃ、本人だって驚きますでしょう。こっちだっていいづらいし」
「はあ」
高野は曖昧に頷くしかなかった。病院を勧めたのは自分ではなく慧だ、とはいえない。




