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ii.

 昼休み、席でコーヒーを飲む木村を捉まえた。

「早川麻美ですか」

 木村はカップを持ったまま椅子の背に寄りかかって、

「欠席が多くなったのは、今年に入ったくらいからですかね。まだ短い方ですよ。あのクラスには、他にも二人長期欠席者がいるでしょう。彼らは一年に近いから。早川は、ときどきは出てくるしね。原因はよくわからないらしいですよ。母子家庭だから、いろいろ難しいんだろうけど、会えば割と元気なんだそうで。大丈夫です、しかいわないから、どうしていいかわからないって加藤先生も困ってたようでした」

 高野は、昨日の早川の笑顔を思い出した。倒れた直後で、あれだ。あんな感じで、何を訊かれても答えずに済ましているのだろうか。

「早川がどうかしたんですか」

「いえ、昨日、帰りに見かけまして」

「ああ、昨日は来てましたもんね」

「たまたま、ちょっと話したんですけど。その、身体の具合もあまりよくないようだったし、元気がないというか、何か悩みがある感じだったので、気になりまして」

 高野は適当な説明をする。身体の痣を見まして、とはいいかねた。

「今日、加藤先生にお伝えしようと思っていたんですけど、お休みに入られるということで──」

「何か困ってるとか、先生に話したんですか」

「いえ、そういうのではないんですけど」

「そうですか。悩みねえ。悩みはあるでしょうな。何もないなら、ちゃんと学校に来るはずだ。そうですね。加藤先生が出てきたら伝えましょうよ。まずは担任の先生に関わってもらわないと」

「教頭先生にはお伝えしておいた方がよくないですかね。もし、教頭先生が何も知らずにいて、代理の間に何かあったら──」

 木村が唸る。カップを机に置いて腕組みをした。高野は更にいう。

「だけどお伝えするにしても、まだちょっと情報不足な気はします。それで、できればもう一度早川に会って、話を聞いてからと思うんですけど」

「え、高野先生がですか」

「はい。家の方に行ってみようかと考えたんですが」

「いや、しかしねえ。担任が不在の間に──」

「担任が不在の間に生徒に何かあったら、学校全体の責任になりませんか。その、管理体制の問題とか、いろいろ」

 担任がいない間に起きた不祥事の責任が、学年主任の自分にも及んだら一大事だ、と考えたのかどうか、木村は怖ろしげに頷いて腕組みを解いた。

「それもそうだね。じゃあ、先生、ちょっと行ってみてくれますか。それで、どんなだったか教えてください。教頭には、その後伝えましょう」

 というわけで高野は、早川麻美に会うことについての了解を、無事に木村から得た。組織というのは、一人で勝手なことをすると後が面倒なものなのだ。主任の木村に話しておけば、とりあえずは安全だろう。

 こんなことまでして麻美に関わろうとするのは、痣のことが気になるだけでなく、このまま放っておいて、彼女がネガティヴな感情を抱きがちとなり、闇を呼ぶようになっては困る、という事情からでもあった。

 もし本当に、誰かに暴力を振るわれているのだとしたら──高野は溜息をつく。一方的な暴力は怖ろしい。人の心を蝕む。いかにも魔物好みだ。

 トラブルの元はなるべく小さいうちに処理するに限る。そのためなら少しくらいの労力は厭わない、というのが高野の主義だった。結局はそれが一番波風が立たないし、物事に深く巻き込まれずに済むのだ。トラブルは嫌だが、避けるために何かするのも面倒、という木村とは少々考えが違う。もちろん、労力にも限度はある。危険なことは当然避けたい。が、麻美に会いに行くくらいなら、そう危ないこともないだろう。

 もっとも、会いに行ったところで簡単にことが解決するとは思えない。問題は、その先だ。加藤もてこずっていたようだし、麻美は真実をいわないかもしれない。考えてみれば、四月に赴任してきた高野は、これまで授業でほんの数回彼女を見ただけだ。昨日ああして会ったとはいえ、麻美の方は特別親近感もないだろう。しかも中学生の女の子だ。男性教師が相手では、話しづらいこともあるのではないか。琴江に一緒に行ってもらった方がいいだろうか。しかし、説明が面倒そうだ。養護教諭はどうか。いや、説明が面倒なのは同じだ。麻美は保健室登校もしていないし、あまり関わりはないかもしれない。養護の田中は年配で怖い感じだし、やっぱり話しづらそうだ。いやいや、自分が怖いと思っているだけかもしれないが。

 高野は無駄に思考を巡らせ続ける。策も考えつかぬまま午後の授業を終え、クラスのホームルームも終了した。

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