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二つ目の目覚まし時計をとめて、高野はのろのろと身を起こした。起きたばかりなのに疲れている。有休をとりたい、と心から願った。だが、段取りをつけようとしたところで諦めた。準備なく休むのは面倒の元なのだ。授業は自習にしなければならないし、ショートホームルームも代理で行ってもらわねばならないし、自習時のプリントはあれを、と電話で頼み、出勤後には謝って礼をいって??それでは却って疲れてしまう。普通に出勤する方が、まだしも楽だろう。高野は渋々ベッドから出た。
昨日は大変な一日だった。高野の人生史上最大の危機に満ちていた。悩みの種だった琴江の件が漸く解決したと思ったら、次々怖ろしいことが押し寄せて、仕舞いには、あんな闇の中にまで紛れ込む羽目になったのだ。闇の気配が勝手に現れては困るから、解決のために多少のことならするつもりではいたが、あんなところまで行くことになるとは、さすがに思わなかった。我ながら無謀なことをしたものだ。それほど怖ろしかったというのに、闇の中で過ごすうち、自分の身体の機能が普段より冴えてきたと感じられたのも嫌な気がした。
慧の術者としての力も目の当たりにした。思っていたよりも、ずっと力が強いとわかった。いや、もしかすると、今自分が思っているより更に強いのかもしれない。怖ろしいことだ。しかしあの闇の中では、こいつがいるから大丈夫と内心縋る思いもあったのだ。何とも情けなかった。
疲れがとれないはずである。こんなにいろいろあっても、きちんと仕事に出かける自分は何と立派なのかと考えて、高野は自分を慰めた。
学校に着くと、また琴江と鉢合わせた。彼女の感じのよい笑みにも昨日までほどは動揺しない。いい調子だ。そうだ、こうやってひとつずつ問題をクリアしていくのだ。いろいろあっても、状況は少しずつよくなっているではないか。闇の気配の件だって慧が何とかしそうだし(他力本願この上ないが)、その慧も、こちらに気づいていながら見逃してくれている(今のところ、だそうだが)。そうだ。疲れくらいなんだ。しっかり仕事をしよう、と高野は思った。
職員室に入った後、ひとつやらねばならないことがあった、と気づいた。早川麻美のことだ。加藤が出勤するのを待つ。どういうわけか、ミーティング時間が迫っても現れなかった。
「加藤先生は、今日お休みですか」
木村に訊ねると、彼は大袈裟に眉を顰めた。何かあったらしい。
「ええ、休みなんです」
身を乗り出し、小声でいう。
「ミーティングで校長がいうと思いますけどね。療休に入ってしまって」
「え、どこか、お身体の具合が悪かったんですか」
「自律神経だそうで。ま、精神面の問題ですな。このところずっと元気なかったからねえ。とりあえず三週間だそうですが、長引くかもしれませんよ。いやはや、参りました。これで療休、三人めだ。呪われてるんじゃないかな、この学校」
木村は不吉なことをいう。
「木村先生ってば、不謹慎ですよ」
琴江が囁くように嗜めた。
三組は、教頭が面倒を見るということになっていた。困ったな、と高野は思う。麻美の件はどうしたものか。まだ事情もよくわからないのに、いきなり代理の教頭に押しつけるのは無茶な気がした。といって、高野が勝手に動くのも問題だ。自分のクラスのことではないのだ。余計なことをして、ということにもなりかねない。
高野はとりあえず、木村に確認してみることにした。一応学年主任なのだし、加藤から何か話を聞いているかもしれない。




