viii.
「危険って」
高野は思い当たり、ぞっとして訊ねた。
「まさか、これからもその妙な気配とやらに関連して、闇が現れるかもしれないってことか」
「その可能性はあります」
何だって。それでは、幾ら気持ちの制御をしても無駄ではないか。いつ魔物に出会うかわからないということになる。どうしたらいいんだ。
「技術棟は特に危険だ。近づかない方がいいと思いますよ」
高野は肩を落とした。近づくな、といわれても──。
「それと」
慧は淡々とつけ加える。
「今後、万が一、あなたの方で何か気づいたことがあったとしたら教えてもらえますか」
お願いとも命令ともつかぬいい方だ。しかも微妙に馬鹿にされている気もした。高野は素直に頷けない。曖昧に答えると、慧はまた氷のような視線を向けてきた。震え上がって返事をする自分を哀れに思いながら、さっきから違和感を抱いているその言葉だけは何とかしてもらわねば、と口を開いた。
「あ、あのな」
「何です」
「ええと、一応おれは担任なんだから、先生と呼んでもらえないかな」
どうして自分が頼まなきゃならないんだ、と思いながら高野はいう。
「なぜ」
慧は冷淡な様子で問うた。
なぜ?
教師を先生と呼べといって、なぜといわれるとは思わなかった。しかし実際、なぜだろう。ほとんど意味不明な答えしか出てこなかった。
「それは、一応ここは学校なんだし。学校では、おれの方がおまえに影響力があるんだし」
「影響力。例えばどんな」
「それは、ええと、例えば、おまえに厳しい成績をつけるとか」
「不当なことをなさるなら、教育委員会に訴えますよ」
教師にあるまじき高野の発言を、慧は軽くいなした。そういえばこいつ、成績もいいんだっけ。これくらいでたじろぐわけがない。かわいげのないやつだ。しかも教育委員会は困る。
「それはまあ、冗談としても」
苦しい言い訳をする。
「世の中には、それなりのルールというものがあってだな──おい、ちょっと」
話の途中だというのに、慧は高野に背を向け、出て行こうとしていた。
「話はまだ終わってないだろ」
「もういいですよ。失礼します」
振り向きもせずに慧はいう。そのまま出て行った。残された高野は呆然とするほかなかった。もういいです、って、いったい何がだ。
まったくもって信じられない生意気な子供だった。術者でなくても空恐ろしい。高野は深く息を吐いた。疲れ切っていて、暫くは椅子から立ち上がれないほどであった。




