vii.
「それで」
「それで、というのは」
「おれをどうにかする気か」
慧は僅かに首を傾げる。
「どうにかするつもりなら、とっくにしてると思いませんか。それを訊きたくて、おれを呼び出したんですか」
「そうだ」
「そうですか。今のところ、あなたをどうこうする気は、おれにはありませんよ」
どうでもよいことのように慧はいう。今のところ、という言葉に高野はぞっとした。しかし、これは一応助かったと見てよいのだろうか。戸惑う高野をよそに、慧は何か考えている。やがて口を開いた。
「ひとつ質問してもいいですか」
「何だ」
「あのとき、あなたはなぜ技術棟にいたんです」
「それは──」
いいかけて口を噤んだ。琴江と話すのが落ち着かなかったから、とはいいづらい。
「ちょっと一人になりたかったんだ。非常口のところから外に??」
慧が不審げに見ているのに気づいて、高野はまた黙った。これではまるで、人目を避けてさぼっていたみたいだ。昼休みなのだし、さぼっていたわけでもない。問題はないはずなのだが、どうも分が悪かった。
「外に出て、一人で考えごとがしたかった。いろいろ悩みがあったんだ」
これでよい。隠している部分はあっても、限りなく真実に近いではないか。
「おかげで闇を引き寄せてしまったよ。気をつけていたつもりだったが、気持ちが不安定になってたんだな」
「あれは、あなたが呼んだものではありません」
思いがけない言葉だった。高野は驚いて慧を見る。
「何いってるんだ。だってあそこには、他に誰も──」
「闇を引き寄せる人間は、その前から自身も闇の気配を纏っていることがほとんどだ。あなたにはそんな様子はなかった。授業中、上の空に見えたことは何度かありましたが」
「いや、だからそれは、悩みごとが──」
「技術棟の辺りは、最近少しおかしい気がする。ときどき妙な空気が漂っては消えている。闇や魔物の気配とは違うけど、何なのかはっきりしない。技術棟が発生源とは思うけど、それもはっきりしない。そして今日、闇の気配が突然現れた。あなたは何か感じませんでしたか」
「何かって」
慧は黙った。高野は考えてみる。妙な空気。いや、わからない。何も気づかなかった。何しろこのところ、気分が落ち着かず余裕がなかったのだ。
「あんなところにいたから、もしかして何か知っているのかと思ったんですが。やはり駄目でしたか」
慧がいった。やはり、というのはどういう意味だ、と高野は内心むっとした。しかも、今の話しっぷりからすれば、おまえだって何もわかってないんじゃないのか。
当然のことながら口にはしない。下手なことをいって、またあの鋭い光で見据えられるのは嫌だった。あれは怖い。術者の目だ。
「何です」
高野の心の内を読んだかのように慧が問う。
「いやその──」
高野はうろたえて、適当に思いついたことを口にした。
「おかしいって、いったい、いつ頃から」
「おれが気づいたのは、十日くらい前ですけど」
十日前。何かあったか、と一応再び考えてみる。そういえば、木村に連れられて渋々松林に行ったのは、丁度十日ほど前ではなかったか。松林に魔物の気配はなかったと思うが、慧が気にしていることと何か関係があるだろうか。とりあえず場所は近い。高野はそのことをいってみる。兎の件は、当然、慧も考慮していたようだった。
「骨が落ちていたという場所はどこです」
「音楽室の裏辺りだ。確かめに行くつもりか」
「ええ」
「骨は疾うに回収されている。おれは何も感じなかったけどな」
「念のためです」
「熱心なんだな」
皮肉である。どうせおれのいうことなんか信用ならないよな、ともいえない。
「好きでやっているのではありません。危険を避けるためです」




