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vi.

 帰りのホームルームが終わり、日直の号令で生徒たちが立ち上がった。礼をすると、皆散り散りに教室から出て行く。高野はそっと慧に目をやった。彼はこちらを見ようとはせず、また椅子に座り、考えごとをしている様子だった。これはすっぽかされるかな、と思う。自分で声をかけておきながら、そうして欲しい気もするところが情けない。先生さよなら、という女生徒たちの声で我に返る。高野は彼女たちに挨拶を返して、教室を出た。

 気持ちを奮い立たせて生徒指導室に行く。優等生の慧をこんなところへ呼びつけるのはどうかとも思うが、この時間帯、邪魔されずに密談できる場はここだけなので仕方ない。高野は風紀委員会の顧問になっているので、この部屋は比較的自由に使えるのだ。

 待った、というほどの時間も経たないうちに、入口がノックされた。戸に嵌ったすりガラスに少年らしき影が透けている。来たのだ。返事をすると引き戸が開き、慧が姿を見せた。表情なく伏し目がちの様子は、指導されるために呼び出しを食らった生徒そのものという感じだ。無論、彼がそう思っているはずはない。高野が入るよういうと、慧は静かに入口を抜け、後ろ手に引き戸を閉めた。

 高野は俄かに緊張した。こうして対峙すると、慧の力が思っていたよりずっと強いことがわかった。普段は抑えていたんだな、と思う。考えてみれば、不在のときでさえ校内に気配を漂わせていたのだ。弱いわけがない。更に今、こうして自分の力を示している。必要とあれば魔物には容赦しない、ということだろう。

 二人きりになったことを悔やんでみたものの、これからしたいのは、二人きりでなければできない話だ。せめて即座に逃げ出せるよう、こいつを奥にして自分は戸口の近くに座ろうか、とも考えたが、あまりに姑息なのでやめることにする。この場だけしのいだところで意味はない。そもそも呼び出したのは自分だ。正々堂々としないでどうする。高野は軽く息をついた。

「悪かったな、呼び出して。まあ、座れよ」

 慧は指示に従わず、何も聞えなかったかのように立ったきりだった。高野は手近な椅子を引いて先に座る。慧もようやく座った。用心深いことである。高野は内心苦笑した。心配しなくても、おれはおまえには絶対勝てない。しかしそうもいえず、何といって切り出したらよいか迷ううち、高野はこの少年がやたらと煙草くさいことに気づいた。

「おまえ、煙草吸ってるのか」

 思わずいうと、慧がすっと目を上げて、先刻以上に鋭い、射るような視線を高野に向けた。

「随分、鼻が利くんですね」

 しまった、と高野は思った。確かにこれは、普通の人間ならわからない程度のにおいだ。おそらく毎日吸っているわけではないのだろう。慧がじっとこちらを見ている。高野はうろたえた。彼は目や耳だけでなく鼻もよかった。魔物としての力なのだ。もちろん隠して生活している。人と余分なつきあいをしなければ、ばれることはまずなかった。

「それが、おれを呼び出した理由ですか」

 それというのが、煙草のことか、それともそんな特殊能力がある理由を暗に問うているのか、よくわからなかった。

「いや、煙草のことはいいんだ」

 違う、それも駄目だ。

「いや、よくはないんだが、その」

 しどろもどろだった。嘆かわしいことこの上ない。いったい、どうしたらいいんだ。

「血のにおいもしますか」慧がいった。

「は?」

「いえ、いいんです」

 慧は高野から視線を逸らして目を伏せた。

 出端を挫かれた形で、高野は一層何から話せばよいのかわからなくなった。だが、いつまでも黙り込んではいられない。慧がうんざりして帰ってしまっても困る。今日できなければ、二度とまともに話ができない、という気もした。

「昼休みの、あれ──あれなんだけどな」

 散々考えた末、意味の通じない切り出しをする。

「オーラ・ヴァンパイア」

 慧が目を上げ、唐突にいった。呟きにも似た声だったが、その視線と同じく刺すような鋭さがあった。

 高野はまたも蒼ざめた。思わず席を立ち、窓際まで後退っていた。やはり戸口側に座るべきだった、と後悔する。椅子の倒れる音が部屋に響いた。

「話は順序よくいきましょう」

 慧は高野の様子を見ても、顔色ひとつ変えなかった。

「驚き過ぎですよ。わかっていたはずでしょう」

 おっしゃるとおり。これではどちらが教師かわからない。高野は、慧のおよそ中学生とは思えぬ態度にも、自分の情けない反応にも呆れ果て、溜息をついた。震える手で椅子を元に戻す。覚悟を決め、座った。

「おまえのいうとおりだ」

 声は辛うじて震えていなかった。

「そうだ。おれは魔物だ。人間がいうところのな。ただし半分だけ。父親がオーラ・ヴァンパイアだった。母親は普通の人間だ。いつから気づいてたんだ」

「最初にあなたを見たときから。始業式で」

 高野は唖然とする。最初からだって。

「じゃあ、ずっと知ってて知らないふりを」

「そうです」

「どうして」

「とりあえず、害がないと思ったので」

 慧は感情のない声で答える。害がない。喜ぶべきなのか、どうか。

「術者なんだな」

 今更ながらの質問である。

「ええ、一応」

 慧が軽く頷いた。

「あなただって最初から気づいてたんでしょう」

「それは、そうだが。それもわかってたのか」

「たぶんそうだろうとは思っていました」

 案の定、全部わかっていたのだ。始業式の日の安堵もこれまでの用心も、すべてかりそめであった。高野は再び溜息をもらす。

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