vi.
夜半過ぎ、ほとんど習慣のようになった魔物の夢を見て目を覚ました慧は、密かに家を抜け出した。海へ行くためだった。
慧の家は海から近い。十分も歩かないうちに、海岸線に沿って広がる松林に着く。そこを抜ければ、すぐ砂浜に下りられる。靴が砂に沈む独特の感触を味わいながら、波打ち際まで行った。
夜の海は誰もいない。風は冷たいけれど穏やかだ。波の音と潮の香りが慧を包む。
真夜中の散歩も今や習慣となっていた。煙草の痕跡を部屋に残したくないためだったが、案外丁度よい気晴らしでもあった。
起き出したときに感じた、胃の辺りの違和感は薄らいでいた。今日は吐かずに済みそうだ。祥子から貰った煙草をポケットから取り出す。少し迷った後、封を切った。確かにこのところ、頻繁に吸っているかもしれない。軽く溜息をついて、煙草に火を点けた。夢の中で、ぞっとするほど鮮明に彼を捉えた血のにおいが、次第に遠のいていく。そのまま暫く燻らせていた。
風が冷たさを増して寒さに耐えがたくなった頃、慧は海辺を後にした。
兎の件は、その後進展があった。楽しい進展ではない。兎は死んでいた。より正確にいうならば、兎の骨が見つかったのだ。それが小学校の兎だとはいい切れないが、他に近隣で兎がいなくなったという話はなかったので、そうだろうということになったのだ。
しかも骨の散らばっていた場所は、慧が通う中学校の裏の松林だった。犬の散歩をしていた近所の住人が発見したそうだ。小学校でいなくなった兎の骨が、なぜ中学の裏に落ちていたものか。
そもそも、なぜ骨なのか。それがまた、呆れるほど綺麗に身がなくなっていたらしいのだ。慧はその話を母親から聞いた。発見した住人の知り合いの知り合いから聞いた話だというので、どの程度正しいのかはわからない。しかし、何者かが兎の肉を取りつくして骨にしてしまったということは、間違いないようだった。
小動物の殺害は、不気味な話というだけでは済まない。器物損壊罪にあたるし、もっと大きな犯罪の前兆ということもある。警察による目撃者探しも行われたが、捗々しい成果は得られないようだった。
あるいは小屋の鍵をかけ忘れたために兎が逃げ、肉食動物に襲われたに過ぎないのかもしれない。この辺りでは、街中でも狸の姿が時折見られるのだ。兎を襲うような生き物だってうろついているだろう。
あるいは犯罪ではなく、別の大きなことの前触れかも──とも慧は思った。考えすぎかもしれない。そうであって欲しかった。
願いが叶わなかったことを彼が知るのは、すぐ後のことだった。