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キース・W・スコット『竜と人との交流』

先日9月10日、首都ルティツィアにおいて聖バルテルミ記念祭が催されました。9月10日というのは聖バルテルミがアイレームと契約を結んだ日として知られ、この国においては盛大に祝われるのが常でありました。その式典の中で黄竜族のアギナ氏が登壇し、竜族と人族との交流の深さを語り、末永き親交を願っていると語りました。確かに人族と竜族とは、長い連関の歴史を持っています。ところが重要なこととして押さえておきたいのが、竜族の人物が公式の場においてこのように語るのは歴史的に見ても珍しいことで、ほとんど初めてのことだと言っても差し支えないのです。それほどに人族と竜族とは歴史の中で『近くて遠い』存在だったのです。


我々人族は竜という存在に畏敬の念を抱いていました。バルテルミ以降でさえ、竜族を示す『果てしなき人』という語句には『恐ろしくも』という形容が付いて回っていたほどです。バルテルミ以前では、遥か昔、文字も存在しない時代に人族と竜族とが相争っていたと伝承は伝えています。

一方人族は、竜族に対して強い敬意を感じていたのも確かです。強靭で、賢く、人族の何倍も長く生きて知識も豊かな彼らは、人族よりも遥かに強い魔力を有していました。バルテルミの時代から姿を現した魔物との争いの中で、数人の人族が竜族と契約を結びました。この契約は、後に深く見てゆこうと思うのですが、いわば互いが一つになることを決める契りであります。このようにして人族は、竜族との関係を『遠くもあり、甚だ近くもある』ものとして結んでいました。


ところで、人族から見た竜族は別として、竜族から見た人族とはどのようなものなのでしょう。そのことについて理解する為にはまず、竜族について見てゆかねばならないでしょう。残念ながらヴァサス助教授の講演においては竜族に関する話題が不十分でありましたから、補足して説明してゆこうかと思います。

竜族はそれぞれの氏族集団を形成して生活しています。彼らは青竜族、赤竜族、黄竜族、黒竜族とに別れており、その中でも更に2、3の部族に別れています。彼らはそれぞれの氏族に応じて傾向が異なり、大まかに言えば青竜族と黒竜族とは人族との交渉にさほど積極的ではありません。一方赤竜族、黄竜族は頻繁に人々と関連を持つ氏族である、そのように言われています。ちなみにバルテルミの契約者アイレームは黄竜族であり、ゆえに黄竜族の現族長であるアギナ氏が式典に参加したのであります。


青竜族は、洞察深く冷静であり、魔力も竜族の中で最も高い氏族です。学識に通じ、人族が喪ってしまった古代の伝承を保持しているといいます。一方、古代の人族と竜族との争いに関しての記憶が根深い為に、人族との交流が今なお少ないという特徴もあります。人化の時には金髪に碧眼を有し、伝承によればサンティオン帝国中興で、バルテルミと共に討魔を為したエウセビオスは青竜族と契約したと言われています。


赤竜族は竜族の中でも体格が大きく、力も強い氏族であります。成年時にはある種のトーナメントを催し、お互いの力関係を明確にすることがあるため、いくらか好戦的な氏族であるように考える人が多いのですが、実際の所彼らは氏族への帰属心が強く、力の強い者は弱き者を守る責務がある。そのような信念を彼らは固く守っています。争いの場でなければ、彼らはよく笑いよく泣く、義理堅く悪を許さない、感情表現の豊かな氏族であるといえます。人化の時には褐色の肌に黒い髪、そして燃えるような緋色の瞳を有します。


黄竜族の特徴としては、彼らの過剰とも言える外部との連関があげられます。アイレーム以降の親交を持つこの国だけでなく諸各国においても、竜族といえば黄竜族をイメージされる方が多かろうと思います。好奇心が強く、人族の他にも各民族と強い連関を持ち、文芸や学術分野で頻繁に功績を挙げています。エルフ族と竜族は、昨今特に学術分野での貢献の大きい民族であると言えましょうが、その竜族の中でも特に黄竜族については、あまりにも多きに過ぎるので著名な学者作家を挙げるだけでも骨が折れるほどです。人化の際には亜麻毛の髪と黄色の瞳を有しますが、『満面の笑みと共に近づく者は黄竜族』と笑い話でも言われますように、不思議と黄竜族は竜族の中でも判別しやすい氏族です。


最後の黒竜族ですが、残念ながら人族との交流が最も少なく、研究も少ないので詳しいことはまだはっきりとはしていません。他の氏族からは『寡黙で堅実な性格、人類における傍観者助言者の役割』と言われています。また、姿を現すことは少なくとも、密かに他民族との交流を行っているとも言われております。これは彼らが自らの肉体を変化させる魔法に長けていて、それぞれの民族の姿に変えて交流しているのだと考えられています。それゆえ人化の特徴というものもないのですが、伝承において勇者アリクと契約を結んだ黒竜族は、黒髪黒目であったと言われております。



さて、以上のように竜族の中でも特定の氏族は人族との交流が深いのが見てとれます。一方、疑問点も無くはない、黄竜族と赤竜族とは人族に対する興味を抱いているので分かりますが、どうして青竜族と黒竜族ともが、人族と契約を結ぶのでしょうか。そのために、まずは契約というものがなんなのかについて見てゆきましょう。


今日では人族と竜族との間での婚姻も少なくはないのですが、契約と婚姻とは似て否なる行為であることは、さほど知られていません。婚姻自体は竜族の人化によって達成しうるものです。人族は人化した竜族との間に子孫を儲けることが出来ます。一方、契約というものは、譬喩ではなく真実として『人族と竜族とが一つになる』事を意味します。

契約は次のような手法で行われます。まず第一に、お互いに身体の一部分に傷をつけることです。これは人族であれば指先を刃物で一筋傷つけるだけのものでよく、竜族に関しては鱗の為に傷がつけられないので支障がない限り人化して行われるようです。次に契約を結ぶ二人は、傷と傷を合わせ、両者の血を混ぜます。傷口が離れないようにしている内に、血が混ざることによって竜族の魔力が人族側に混入してきます。この時燃えるように身体が熱くなるという話はよく聞かれることです。そうして竜族の魔力が入るに従い、人族の精神に竜族の者が持つ真名が浮かび、それを唱えることによって契約は完了します。


契約の代償は、どのようなものなのでしょうか。まず、人族側が、竜族の力を得ます。バルテルミのように、人族が普通持ち得ないほどの魔力を獲得し、身体能力も格段に増加します。ところが重要なことに、この契約においては竜族か人族か、契約者のどちらかが死亡した際には相手方の契約者も共に死亡してしまうのです。そうして、多くの場合契約者の間で先に死亡する者は、人族です。



竜族は何故その長命を捨ててまで人族と契約を結ぶのでしょう。正直な所彼らには何の利益もありません。この契約はまるで人族が竜族に寄生するかのようであり、竜族がこのような契約を取り結ぶことは、理解に苦しむと言っても過言ではありません。

私のような学者がこのような話をするのをお笑いになるかも知れませんが、今日において契約と婚姻が深く結び付いているのを見れば、『愛は利害を超越するのだろうか』と言いたくもなります。しかしより大事な事は、竜族と人族との契約は、同性同士にも見られ、かつ、人族と竜族とは契約せずとも子孫を残すことが可能なことです。そこには愛以上の何かがあるのではないか、そのようにも考えています。


それでは時間も押して参りました。この契約について、私が考えたいくつかの事柄を述べて、まとめにさせていただきましょう。


まず、人族と竜族とは長い親交の歴史がありましたが、その中には『契約』という、かなり奇妙な連関の形が存在しました。この契約は竜族にとってかなり不利な交渉のはずなのに、人族に対して根深い疎遠さを抱いている青竜族でさえ、人族と契約を結びます。

契約は現在見られるような形とは違い、婚姻の為に必要な要素では決してなかった、事実多くの竜族契約者は婚姻の為でなく人間の求めに応じて契約に答えたのです。

これらの疑問点を、私は未だ答えられることが出来ません。しかし、いくらかの竜族は契約に関する答えを、少なくともその理解に対するヒントを教えてくれている、そのように感じます。最後に黄竜族のアギナ氏が先の式典の中で述べた言葉を引いて、講演の結びに変えたいと思います。ちなみにアギナ氏は族長としては初めて、人族の女性と契約を結んでいる人物でもあります。


『私達はあまりにも近くて遠い存在でした。私は貴方を知りたかったし、貴方は私を知りたがっていた。お互いを深く知ること、それはどのような連関であっても大切なことでしょう。私達が理解しあうためならば、私は何もかもを捨てるでしょう。二人で歩いてゆけるのならば、滅びの日まで共に助け合っていけるのならば。我々はいつまでも深く親交を結んでゆきたいものだと思っています』


ご清聴ありがとうございました。


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