第三幕
人生とは全く先が見えない。
三時間前までは平凡な日常を送り続けていた私が、こんな異常事態に巡り会うとは神様や御釈迦様でも予測出来なかっただろう。
幽霊と憑喪神
日曜の夜7時辺りから二時間スペシャルの特番にでもなりそうな組み合わせだと思ってしまう。
「全く失礼な人達だ」
魚の頭がしゃべるというのは中々シュールだ。こんなキャラクターが出てくるゲームが昔あったような気もする。
しかしこの憑喪神、やけに小綺麗だ。確か憑喪神は古い物に宿ると何かの本で見たような事がある。だがこのツクモにいたってはキレイ過ぎる。
まるで完成して直ぐかのような見た目だ。
「えらく綺麗やけど、その…憑喪神になってまだ日が浅いとか?」
気になったのでたずねると、ツクモがふふんと鼻をならし
「これでも60年以上憑喪神やってるんだ、僕は綺麗好きなの。特にエラの辺りは念入りに掃除を」
「仮にも神なのに有り難みもクソもないな」
喋るのを遮って突っ込んだ私の言葉に、結城達の激しい非難が来ると思ったが反応は意外なものだった。
「まぁ…妖怪の類いにしては素直に感動出来ないよな」
「憑喪神のイメージって苔の生えた石像とか古い食器のイメージですし」
「オブジェの憑喪神って…冷めるわ」
と口々に文句を言い出した。各々やはり思うところがあったようだ。ツクモの体というか、石像の部分を軽く叩いてみたり、じっくりと品定めするように見たりしながら三人はまだ小言を呟いている。
久住だけがまあまあと先輩三人をなだめている。
だがもう遅い、既に魚のお頭は首、というか頭をガクンと落とし「別にいいじゃないか…」とぶつぶつ呟いている。
神様ともなると材質の硬度も自由自在なのかと、はじめて私は素直に感心した。
「ツクモも拗ねてしまった事ですし、次の仲間の所に行きましょうか」
ミシナは既に入口に廻り、ドアを開けている。
「凹ました俺達が言うのも何だが、あれほっといていいのか」
結城が若干申し訳なさそうに後ろのツクモを指差す。
「大丈夫ですよ、2、3時間で立ち直りますから」
「それはそれで何か腹立ちますね」
久住も流石にイラッとしたようだ。
私達は落ち込む魚のお頭像を放置し次の幽霊の元へと向かう事にした。
「なぁ、次はどんなヤツなんだ?また憑喪神とかは無しだからな」と灰島がミシナに問いかける。
「五郎ちゃんは幽霊よ、ちょっと変わってるけど」
代わりにユウが答えてくれた。
「ありがとうユウちゃん。その五郎って人は何処に居るの?」
篠原がユウの頭を撫でつつ聞いた。
ユウは廊下の先を指差し
「この廊下の一番奥の階段」
幽霊という非常識な存在にさえ変わり者扱いされるような奴がこの先に待っている。
慣れてきとはいえあまり私の心臓にはやさしくは無いであろう。
階段の前に着き、上階を見上げる。窓から差し込む光が階段を薄く照らし出して、昔見た学校の怪談の映画を思い出した。
「あぁ、今は上の方に居るみたいですね。しばらく待てば降りてきますよ」
ミシナはそういうと怪談に腰かけてひとやすみひとやすみと呟いた。
「あの…確か階段を降りて来るっていう噂ありましたよね…。」
久住が私の服を掴み上階を見上げて言った。
正直可愛いなと思ったがここはその感想を言うべきではないだろう。
「あったな、階段を登り降りする男子生徒」
私も階段を見上げて、何が来るのかと心の準備をした。
2、3分たっただろうか、上の階から足音が聞こえて…いや凄い勢いで近づいて来る!
私達は体を強ばらせたその時、階段の踊り場に黒い影が見えたと思うと足音と共に消えた。が、違った。その影は踊り場から跳んだのだ。
ダン!!っという音と共に私達の前に着地し、屈んだまま動かないそれは学生服に学生帽、いかにも昭和の学生といった感じだ。
これが五郎という幽霊なのか?しかし凄い音をたてて着地したものだ…ん?音?幽霊なのに音?私が疑問を持ったと同時にそれは立ち上がりこう言った。
「今日はまた大勢っすね!私五郎と申しますっす!」
幽霊らしくない溌剌とした挨拶をしたそれは私達が見るに幽霊ではない、なぜなら人体模型だったのだ。
「よろしくっす!」と握手のために出した右手に怯えたのか、久住が平手打ちで人体模型の頬を打ち抜いた。
「パーン」と気持ちのいい程の音が響き渡る。
崩れ落ちる人体模型。
呆気に取られる私達。
人体模型に近づき声を掛けるミシナとユウ。
なんだかなぁと少し頭を掻きつつ、「どうしよう、驚いてつい…」とあたふたしている久住を落ち着けなければなと考えている私は順応が早いなと思ったのだった。