【続編•完】可愛らしい人
可愛らしい人の続編です。
できれば先にそちらを見てもらった方がわかると思います。
「エレナ嬢」
名前を呼ばれて顔を上げる。
校門の前で一人の男性が立っていた。
高身長に、端正な顔立ち。ブロンドの髪がよく似合う絵本の中の王子様のような出立の彼は満面の笑みをエレナに向ける。
「シモン様、おはようございます」
女性にしては高い身長に、筋肉がついた引き締まった身体。少しつり目のエレナは可愛いというより格好いいという表現が似合う女性だ。
「おはようございます」
数か月前にあったシモンのエレナへの告白の後から、2人は朝、校門の前で待ち合わせをし、朝の剣術の自主練を一緒にすることが日課となっていた。
勤勉な2人は自主練をするのが日課であり、それを知った後、どちらかから申し出た訳ではなく自然の流れでそうなった。
「今日も可愛らしいですね」
規定の制服に、一つに束ねただけの髪。それでもシモンはとろけるような甘い声でそう言う。
「…あ、ありがとう、ございます」
毎日言われる「可愛い」の言葉に、エレナは毎回動揺してしまう。
初めのうちは否定していたが、「否定されると悲しいですね」とシモンに言われたため、それからエレナは感謝の言葉を述べることにしている。
エレナの反応に、シモンは嬉しそうに笑った。
「本当のことですから」
「…」
「それでは、朝練に行きましょうか」
「はい」
エレナの返事に頷くとシモンはそっと腕を差し出した。エレナは戸惑いながらも自分の腕を絡める。
この朝練が始まったころに、一度、あまりのスマートな動きに思わず腕を絡めてから、毎回エスコートしてもらっている。
「あの、夜会でもないですし…その、エスコートはいらないのではないでしょうか?」
一度、エレナはシモンにそう伝えたことがあった。けれどシモンは首を横に振った。
「昨日は腕を組んでくれましたよ?」
「それは、間違えたんです。その、あまりに、自然に腕を差し出されたので」
「いけませんか?」
「いけない、ということはないですが、その、ただ朝練に行くだけですし」
「もちろん、嫌なら辞めます」
「そ、そんな。嫌だなんて」
「それなら可愛いあなたをエスコートさせてください」
「…」
「お願いします」
そういうシモンにエレナは頷くしかなかった。
そもそもエスコートされた経験があまりないエレナは毎回ドキドキしてしまい、心臓の音が聞こえそうで嫌なのだが、そんなこと言えるはずもなかった。
◆◆◆
「明らかに、流されているね」
どこか笑いながらそう言ったのは友人であるアイラだ。
エレナとは正反対のふんわりとした小柄で可愛らしい彼女は、頬にえくぼを作りながら嬉しそうに笑う。
「…そうかな?」
「そうでしょ?逆に、そうじゃないところある?」
可愛らしい見た目とは裏腹に、竹を割ったような性格の彼女。男性に混じって剣術を習っているエレナにとって一緒にいて安心する友達だ。
「…」
はっきり言われたアイラの言葉に、エレナは言い返すことができなかった。
きっと客観的に見たら同じことを思うだろう。
「何?もしかして嫌なの?嫌なら私が言ってあげようか?」
どこか目に鋭さが宿る。友達想いのアイラらしい言葉だ。
ちなみに、数か月前、エレナと婚約者同然だったが、男爵令嬢のメアリーと恋仲になったライアンに「正式な婚約者ではなかったかもだけど、周りは婚約者だと認識していたんだから、きちんと落とし前付けてからほか行けよ、タコ!」と怒鳴りつけたのはいい思い出だ。
虫も殺せない、みたいな顔して、タコと怒鳴りつけるそんなアイラをエレナは心から大好きだと思う。
あわや殴りつけそうなところをエレナは必死で止めた。怯えたようなライアンの顔に、溜飲が下がったのは内緒だ。
「…嫌なわけじゃ」
「ふ~ん」
どこかにやにやした表情。
「そっか、そっか。嫌じゃないのか」
「…アイラ、からかってるでしょ?」
「だって、エレナ可愛いんだもん」
「…もう!」
「まあ、いいんじゃない?大切にしてくれそうじゃない、シモン様なら」
今でも大切にされている自覚はある。
鍛えている自分には不相応なくらい大切にしてくれている。
「それはそうだけど…」
「何が心配なのよ」
アイラはまっすぐな視線をエレナに向ける。大切にされている、それがわかるから嘘はつけなかった。
「あまりに完璧すぎて、申し訳なくなるの」
高身長で、端正な顔立ち。紳士的なのに、剣術の実力はトップクラス。そんなシモンに想われていることが、嬉しくて、けれど同時に申し訳なくなる。
可愛いと言ってもらえる。けれど、エレナには自分の可愛いところなんてわからなかった。
ライアンにもかわいらしさがないと何度も言われていた。だからこそそんな自分がシモンの隣を歩いていいのかわからなくなる。
「正直さ、完璧な人なんていないと思うけどね」
「シモン様は完璧だよ。見た目も家柄も良くて性格だっていいの。数か月一緒にいるけど欠点なんて一つも見つけられてないもん」
「一緒にいるって言ったって、学校の間だけでしょ?」
「それはそうだけど…」
「わかった」
アイラは両手をパチンと合わせて音を立てる。
「アイラ、何、急に」
「デートにでも行ってきなさい」
「……え?」
突然の言葉に一瞬思考が追いつかなかった。けれど、アイラは名案だ、とでもいうように瞳をキラキラ輝かせる。
「そりゃさ、短い時間ならいくらでも取り繕えるよ。一緒に長い時間過ごせば見えなかったものも見えるかもしれないし」
「取り繕ってなんかないと思うけど?」
「まあ、それはそうかもしれないけど、格好は付けてると思うよ?好きな女の前だし」
「…」
「ほら、いちいち照れない!シモン様がエレナを好きなことくらいみ~んな知ってるでしょ」
「それは、その、そうかも…しれないけど」
シモンは人目をはばからず、エレナに「可愛い」「好き」といった言葉を伝えてくる。まっすぐ言われる言葉の数々は、きちんとした重みがあり、だからこそシモンの言葉を疑うことはできなかった。
シモンの気持ちを疑ってはいない。数か月一緒にいて、シモンのことも以前よりは知ることができたと思っている。そして、真摯なその態度や剣術や学業に真剣に向き合うその姿勢に好意を持たないはずはなかった。
シモンはエレナの気持ちが整うのを待ってくれている。
好きかどうか、そう聞いてくれたのなら、好きだと応えられるのに。けれど、自ら伝える勇気はまだなかった。
「そうと決まれば、善は急げ!どうせエレナは言えないだろうから、私が言ってあげるよ!」
そう言ってエレナを置いてずんずん歩くアイラ。こうなってしまえば止められない。
「アイラ!ちょっと待ってよ」
エレナは慌ててアイラの背中を追った。
◆◆◆
静かな風が頬を撫でる。ふと隣を見ればどこか楽しそうなシモンがいた。
「学校が休みの日にも会えるなんて嬉しいです。しかも、エレナ嬢から誘ってもらえるなんて」
「私というか、アイラですけど」
エレナは苦笑いを浮かべ、そう答える。
けれど、シモンは聞こえない、とでも言うように首を傾けた。
◇◇◇
「シモン様、エレナとデートしたいですよね?エレナもデートしたいんですって」
放課後、帰ろうとしていたシモンを捕まえてアイラがそう言った。そんな彼女にシモンは一瞬だけ動きを止めた。けれど、すぐに大きく頷く。
「デートしたいです、もちろん!」
「ですよね。…だって、エレナ」
にこりと笑いアイラはエレナを見た。エレナは視線を彷徨わせる。そんなエレナの手にシモンはそっと触れた。その手を自分の口元に寄せ、小さく音を立てる。
「…っ」
「エレナ嬢、僕とデートしていただけますか?」
「……はい」
気づけばエレナは頷いていた。
◇◇◇
「それでも嬉しいことに変わりはありません」
「…あの、その…私も、…うれしいです」
戸惑いながらもそう告げた。その言葉にシモンは嬉しそうに微笑む。
「今日は、ケーキがおいしいと有名なお店を予約してあります。ケーキを食べてその後、一緒に植物園に行きましょう」
「予約してくれたんですか?」
「ええ。当日行って、入れなかったら恥ずかしいですからね」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。それでは、行きましょうか?」
「はい、シモン様」
自然と差し出された腕にエレナはそっと自分の腕を絡めた。
甘い香りが鼻孔をくすぐる。幸せな匂いにエレナの頬は自然に緩んだ。
「エレナ嬢、甘いものお好きなんですね」
「はい!」
「ここを選んでよかったです」
「いらっしゃいませ、お客様」
ウエイトレスが2人に声をかける。そんな彼女に予約してある旨を説明すると、2人は一番奥の席に案内された。
他のお客とは少しだけ距離のある席は、おそらく特別席なのだろうということは容易に想像つく。
2人だけの空間。
隣を歩くことはあっても、向き合うことは剣術の訓練以外ではあまりなく、エレナは目の前にシモンが座っていることに少しだけ緊張する。
「何にしましょうか?」
メニューを広げながらシモンが尋ねた。『おすすめメニュー』の文字を見つけて、エレナはそれを指さす。
「このおすすめケーキのセットでお願いします。飲み物は、えっと…紅茶で」
「わかりました。僕もそれにしようかな」
シモンは呼び鈴を鳴らし、メニューを告げる。少し待つとおいしそうなチーズケーキと紅茶のセットがテーブルの上に並んだ。
熱さを知らせる湯気が紅茶のカップから上がっている。
「いただきます」
「いただきます」
ともに軽く手を合わせてケーキを口に運んだ。広がる甘い味に頬が緩む。冷ますように息をかけ、紅茶に口を付けた。
「ケーキが、紅茶に合いますね」
「え?あ……そうですね」
エレナの言葉にシモンは少し戸惑いながら頷いた。
「…もしかして、シモン様、猫舌ですか?」
減っていない紅茶を見てエレナがそう尋ねた。
そんな彼女にシモンは苦笑いを浮かべる。
「…そうなんです。ケーキを食べ終わる頃にやっと飲めそうです」
「しっかりと猫舌なんですね」
「情けないですよね」
そう答えるシモンにエレナは小さく笑った。
「猫舌で情けないなんて思いませんよ」
「本当ですか?」
「もちろんです。それに、シモン様が情けなくないことくらいは知っていますから」
「…ありがとうございます」
「うふふ。どういたしまして」
お礼を言われたのが面白くて、エレナは再び小さく笑った。そんな彼女の笑顔をシモンは嬉しそうに見つめる。
「……あんまり見ないでください。穴が空いてしまいます」
「それは困りますね」
「はい。だから…」
「でも、それでも見ていたいんです。可愛いから」
「また、そういうことを…」
「いつも思っていますから」
あまりに当然のように言うので、エレナの頬は徐々に熱を帯びる。赤く染まっているだろうそれを隠したくて、エレナは急いでケーキを口に運んだ。
◇◇◇
再びさっと差し出させる腕。細身の身体なのに、剣を扱っているからだろうか、腕は太く、硬かった。訓練を怠っていない証拠だなと思う。
エレナはそっと腕を絡めた。
身長が高いエレナでもシモンの隣に並べば小さく思える。横から見る顔も端正で、いつまでも見ていられる気がした。
「エレナ嬢、そんなに見られたら穴が空いてしまいます」
「…さっきの、お返しです」
「それじゃあ、僕も見ていいですか?」
「2人して見ていたら植物園には着けませんわ」
「そう、ですね。…きちんとエスコートいたします」
少しだけ拗ねた様な口調。そんな口調は今までで初めて聞いたなとエレナは思った。小さく笑い「お願いします」と告げる。
一瞬だけ視線を合わせたその目が優しくて、エレナの心臓は一つ大きな音を立てた。
◇◇◇
シモンが連れてきてくれたのはこの辺りでは有名な植物園だった。珍しい花が咲いていると噂のそこは、カップルで溢れていた。
必要以上にくっついている男女がちらほら見え、エレナは目のやり場に困った。
「……皆さん、その、…仲良しですね」
「そうみたいですね」
シモンは余裕そうな笑みを浮かべる。
「一番奥に青いバラがあるみたいですよ。いろいろ見ながらそちらに行ってみましょうか?」
「ええ。青いバラ、見てみたいです」
簡単な説明書きを一つずつ丁寧に読みながら2人は植物園を楽しんだ。赤に黄色に、オレンジ、色鮮やかな花たちを見て心が安らぐ。
エレナは花を見ながらときどきシモンの横顔を盗み見る。真剣に植物を見て、花言葉などを教えてくれるそんな様子は、自分よりも女性らしいなと思ってしまう。
綺麗だな、と思う。
シモンにだまされている、と陰口を言われることもあった。けれど、そんな風に思えないほど真剣な視線を向けられる。だからこそ、こちらも真剣に応えなければいけないと思う。
優しくて、格好良くて、綺麗な人。そんな人から好意を向けられて嬉しくないはずがない。
「すごいですね」
一番の人だかりができている場所にたどり着いた。隙間からこの植物園の売りである、青いバラを眺める。
青いバラとは言うが、真っ青ではなく、青紫色のバラが咲き誇っていた。目の前に立っていた人たちがはけて、自分たちの番が回ってくる。
「エレナ嬢、知っていますか?青いバラは自然では咲かないそうですよ」
「それならこのバラはどうやって?」
「いろんな試行錯誤の結果、人工的に生み出されたものらしいです」
「そうなんですね。…綺麗ですね」
「ええ、本当に」
自分の知らないことを知るのは好きだ。シモンと一緒にいるといろんなことを知ることができる。
逆に自分は何を与えられるのだろうか。
シモンは、望めば婚約者なんてすぐにできるだろう。可愛いことも言えない。そんな自分がシモンの隣にいてもいいのだろうか悩んでしまう。
「あ、シモン様、あそこ小さな蜘蛛がいますね」
「えっ?」
エレナが指さした先に視線を向けると、シモンは無意識に一歩後ろに下がった。
顔から笑みが消えている。
「…エ、エレナ嬢。その…そろそろ次に行きませんか?」
「シモン様、もしかして、蜘蛛が苦手ですか?」
「え?いや、えっと……はい」
「そうなんですね」
そう言いながらエレナは歩みを進めた。少しでも蜘蛛から離れるために。
シモンもそれに従いついて来る。
人混みを抜けて、空いているベンチを見かけた。
「少し休みましょうか?」
エレナが声をかけて、2人はベンチに腰を掛けた。
「……蜘蛛が苦手だなんて、情けない、ですよね」
苦笑を浮かべたシモンがそう話し出す。エレナは首を横に振った。
「そんなことありませんわ」
「でも、あんな小さな蜘蛛でもだめなんて。エレナ嬢は平気そうだったのに」
「…」
「情けないです」
「…それを言うなら、私に可愛げがないだけです。蜘蛛なんて、ほとんどの女性は苦手でしょうから」
「そんなことはありません!」
少しだけ声を荒げた。そんなシモンの手にエレナはそっと触れる。
びっくりしたようにシモンはエレナを見た。エレナはシモンに笑って見せる。
「シモン様の隣にいてもいい理由を見つけた気がしました」
エレナの言葉の意味がわからず、シモンは小さく首を傾げる。
「私、シモン様のことが好きです」
「エレナ…嬢?」
「この数か月、私はシモン様のことをいろいろ知ることができました。格好いいところも優しいところも見てきました」
「…うん」
「そして今日、猫舌なことと蜘蛛が苦手なことを知ることができました」
「それは…」
「私、シモン様のことをもっと知りたいです。他の人には見せないような、だめなところも私には見せて欲しいです。蜘蛛が出たら私に任せてくださいね」
少しだけ冗談めかしてエレナは言った。
「だめなところはあなただからこそ、見せたくないんですがね」
シモンは困ったような表情を浮かべる。そんな彼をエレナはまっすぐ見つめた。
「シモン様、だめなところも好きだって、私に言わせてみせて?」
どこか妖艶な笑みを浮かべるエレナ。そんなエレナからシモンは目が離せなくなった。
格好いいと多くの人はエレナを表現する。
「やっぱりあなたは可愛らしい人だ」
けれど、シモンは誰よりも可愛いと思う。
「エレナ嬢、僕に正式にエレナ嬢の隣を歩く権利をください」
シモンは立ち上がり、そしてエレナの前にひざまずいた。
差し出された手の上に、エレナは自分の右手を置く。シモンはその手を握り、口を付けた。
「愛しています、エレナ嬢」
「シモン様、私も、愛しています」
その言葉にシモンは立ち上がり、エレナの腕を引いた。エレナも立ち上がり、シモンにもたれかかる。
シモンはそんなエレナを抱きしめた。
「…幸せです、本当に」
「ええ。私も」
頷くエレナをシモンは見つめた。エレナがそっと目を閉じる。
二人の影が一つに重なった。
青いバラと貴族の世界でバラバラかも知れませんが、「この世界では」、ということでご理解ください。
久しぶりに小説書けてとても楽しかったです。
読んでいただき、ありがとうございました!!!




