寒冷適応と中国人2
残ってきて解決してないテーマを片づけている。その中でかなり何度もやった東アジア人の顔は本当に寒冷適応なのか?ってテーマ。とても重要なものが見つかった。ただし、これは付随するテーマであって解決編じゃない。東アジア的顔はどこまで広がっていたのか?である。
中国北部も初期から東アジア的顔だったと言う研究が過去は普通だった。だがこれ違った。じゃ何故ミスをしたのか?と言うと時系列の人骨データが足りなかったのと、差異があっても東アジア的なので気が付かなかった。そしてこれがテーマとがち重なる。
何故発見が遅れたのか?元々北東部の東アジア人は似た特徴があったから。そう寒冷化で東アジア的になったわけじゃない可能性がすでにもっと前からあった。寒冷化してないアメリカ先住民もどこか東アジア人に似てるってのはずっと言われてきた。
でも典型的な東アジア人と違っていたから無視されてきた。些細な差を豊富な人骨データで比べてみたら、アムール川集団とヤンシャオ集団の顔は統計的な平均顔では違っていた。中国人はヤンシャオの後の時代の混血後に中国北部人の顔になった。
北方が典型的な東アジア顔なら寒冷適応のより分かりやすい例なのでは?となるが、これが違う。何故今までこの事実が見落とされてきたか?東アジア人は元から東アジア的特徴をホアビン文化系統以外は含んでいた。それは中国南方も似ていたとなる。
寒冷適応が独り歩きして、共通の特徴を見てこなかったのだ。データが少ないと、この差異が分からずにヤンシャオ人も寒冷適応的な典型的東アジア人として処理されてしまったとなる。じゃ何故北方だけで典型的な寒冷適応的な顔立ちが生まれてしまったのか?
これは以前書いた、ボトルネックによる遺伝的浮動だ。元あった多様な東アジア人全体の特徴を極寒の極限状態で数を減らして消してしまったんだ。もっと言うとあれはただの偶然の産物である可能性がある。今の時代になっても、顔に関するDNAで自然選択的な結果と言う研究は一切行われていない。
今後きちんと顔に関する自然選択的な淘汰圧がきちんとあったと言う研究が無い限りは東アジア人の顔は寒冷適応の結果だと思い込まない方が良い。
一つ過去に話したことで訂正して起きたのは、東アジア的な顔立ちは農業の拡散で広がったと言う私の仮説はどうやら違うようだ。ヤンシャオの顔が違った事でこれがすっきりした。むしろ東アジア的な顔立ちの広がりは、ヤンシャオ後の農業拡散とは違う理由によって起きたようだ。
これについてはあえて触れないでおく。それはDNAの話とかなりずれてしまうからだ。農業は?農作物のDNAを絡めてやっていたので頑張っていたが、ただの歴史的なものや考古学的な遺物だけだとちょっとやる気が起きない。考古学的な遺物がどうでも良いわけじゃない。これにDNAを絡めたほうが私はやる気が出る。
ただ1つ付け加えておくのは、ヤンシャオ住民の復元図は中国のサイトに一杯ある。だがこれが今まで気が付かなかった元なのだ。見ればわかる。これのどこが違うのだ?とびっくりする。こてこての中国北部人の顔だ。まあ似てると言ったし当たり前だが、あくまで統計的に人骨の平均を探ったら違いがあったと言うだけなんだ。
しかも肉付けするときに、本来骨から分からない情報を付けるわけだから。創った人のバイアスがものすごい…。地域によってはヤンシャオより前の時代ははっきりと顔つきが違うと中国も述べている。これはおそらく、今では消えたホアビン文化集団のグループだと見ている。アボリジニによく似ていると書いてあったので。
アジアの中国よりも北東部に居た集団は、何かしらの事情で今のモンゴロイドの典型的な顔立ちになった。間違いなく寒い地域だが、この集団が寒冷地で適応的にこの顔立ちになったか?はとても怪しい。確固たる証拠が何もない。現代分かってる寒冷地の適応的なものは汗腺に関する遺伝子のみ。
しかもこれは、アメリカ先住民とも関係していて、後の典型的なモンゴロイドの顔立ちが形成された時期と大きくずれる。
後これ、王族だけ見たら発見されたのでヤンシャオと殷の大半の住民は連続性がある。じゃ今の中国人はどうなの?この後の時代明確に何度も北方からの遺伝子の流入が認められる。そのため今の北部中国人は混血が強くなってる。これは歴史的な事実とも整合性がある。
まあ歴史前にも複数回の大量の南下があったのはDNAから分かっている。
仮にだが、もしも復元図の肉を付けたヤンシャオ人の顔がすべて二重のぱっちりお目眼なら全く印象が違っていただろう。この事は人骨からは分からない。
今回の話は私が過去にしたサブテーマなので、明確には寒冷適応の否定に放ってない。中国人は寒冷適応したのか?について過去にこれらに付随して扱ったのでその続編になる。おそらくノー。かつ私の見方はそもそも顔の寒冷適応は無かったが主張なので、元々の中国人はアムール川住人のようなこてこての平坦顔ではなかったとなる。
元々私のサブテーマは、アムール的な顔立ちはどこまで広がっていたのか?である。どこかに源流があって広がったのかな?と見てて、それがある程度広がってから農業によって2次的に爆発的に広がったのかな?と予想した。結果としては、どうやら2次的でもないし、農業じゃないね。
その原因がなんだったのか?は敢えてやらないよ。農業じゃないならそもそもサブテーマだしずれすぎる。
今後寒冷適応についてのDNAでの研究が無いとそろそろ良いかなと思ってる。だってサブテーマは解決したし。メインテーマは古代DNA使わないでも出来るんだよ。その点このカテゴリーからずれる。古い人骨を絡めて平坦顔でやってたけど、現代東アジア人の二重とか一重でも良いんだ。
ここで2つ、適応的な進化が認められるか?になる。まあこれが寒冷適応なのか?は実はわからない。ただそこまで疑わなくていいだろう。私の主張は遺伝的浮動なので、適応的なのか?に疑問を投げかけていて、寒冷適応であるのは付随するものなんだ。もう1つは、青い目みたいにルーツが知りたい。
ああそれはアフリカ人になるかもしれないな…。北方限定のルーツの特定かな。古代DNAによるものと、後は別のDNAの調査による人の流れでおおよそわかるかもしれないから。要するに将来の研究次第になる。
追記:
以前調べた時には無かったけど、今は研究があるみたいだ。明確にアムール川下流域とその周辺の沿海州となるようだ。東アジア的な顔面の特徴と、寒冷適応が証明されてるEDAR遺伝子が濃い地域を古代DNA、現代DNAからデータを取ると、ずばりこの地域になるらしい。とりあえずこれで知りたかったのはかなり分かったと思う。




